公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
〔1〕 40年目の決着の年を闘う川辺川問題
川辺川利水訴訟弁護団 事務局長 弁護士 森 徳和


1 40年目を迎える川辺川ダム計画
 1966(昭和41)年7月、旧建設省は、川辺川ダム建設計画を発表した。球磨川の氾濫による洪水被害が流域の熊本県人吉市に続発したため、当初は、最大支流の川辺川に治水目的のダムを建設する計画であったが、その後農業用水を確保する利水事業や発電も加わり、多目的ダムに変更された。
 2006(平成18)年、川辺川ダム建設計画は、計画発表から40年目の決着の年を迎える。

2 2005(平成17)年までの動き
(1) 転換期を迎えた新利水計画
 2003(平成15)年5月、福岡高等裁判所は、農林水産大臣の川辺川土地改良事業の変更計画を取り消す判決を下し、判決は確定した。その結果、1994(平成6)年に策定された変更計画は無効となり、事業主体の九州農政局は、改めて国営の土地改良事業計画(以下「新利水計画」という)を練り直すことになった。
 同年6月、熊本県は、川辺川利水訴訟原告団(以下「原告団」という)、川辺川利水訴訟弁護団(以下「弁護団」という)、川辺川総合土地改良事業組合(以下「事業組合」という)、川辺川地区開発青年同士会、農林水産省九州農政局(以下「九州農政局」という)、熊本県農政部(以下併せて「関係団体」という)に呼びかけて、川辺川土地改良事業に伴う事前協議を開催した。
 事前協議では、新利水計画について、ダムによる取水に限らず、他の水源可能性についても調査を行うこと、計画の規模等については予断を持たずに臨むことが確認され、「はじめにダムありき」を見直し、新しい計画を策定することが基本方針となった。
 同年には、第1回から第3回の意見交換会が開催され、原告団・弁護団は、意見交換会のなかで今後の新利水計画は、「農家が主人公」という農政の基本原則に則って行われるべきだと訴え続けた。第3回意見交換会の意見書(アンケート)の集計結果では、水源をどこに求めるかという質問に対して、「川辺川ダム」と回答した関係農家は、全体の23%に過ぎなかった。
 水源を川辺川ダムに求める関係農家が全体の4分の1にも達しない状況のもとで、九州農政局は、2004(平成16)年2月、ダム案優位のたたき台3案を記者会見で公表し、関係農家をダム案に誘導するという強行突破戦略に出た。原告団・弁護団は、九州農政局が関係農家の意向を踏まえた計画を策定しなければ新利水計画は失敗することを厳しく指摘して、九州農政局の強行突破を押し止めた。
 総合調整役の熊本県は、同年6月、たたき台を棚上げにしたうえで、関係農家に水需要の有無を確認する目的で、第4回意見交換会を開催した。その際、関係農家に対する意見書(アンケート)が集計されたが、新たな水を求める関係農家の農地面積は約700haに止まった。しかし、事業主体の九州農政局は、関係市町村の要望を汲み取る形で、水需要とはかけ離れた1378haの対象地域を提示し、これをもとにして、ダムを水源とする案(ダム案)、ダムを水源としない案(非ダム案)の2案を作成することになった。
 同年9月以降、国土交通省九州整備局(以下「九州整備局」という)も事前協議に参加していたが、河川管理者の立場を利用して「正常流量」問題を盾に、非ダム案の作成作業を妨害した。九州整備局が、ダム建設に固執する姿勢を崩さなかったため、事前協議はたびたび紛糾したが、2005(平成17)年5月、川辺川ダムを水源とするダム案と、川辺川の六藤地区に堰を設けて取水する六藤堰案(非ダム案)が固まった。その際、土地改良事業の対象地域の市町村で構成される事業組合は、非ダム案の年間の維持管理費を国や県が負担することに難色を示し、ダム案優位の提案を行うことを画策した。

 (非ダム案)(ダム案)
総事業費490億300億
・国310億186億
・県130億75億
・市町村36億30億
・関係農家9億8億
維持管理費(年間)9000万円1億3000万円

 しかし、総合調整役の熊本県は、両案とも遜色のない形で関係農家に示す方針を貫き、第5回意見交換会で関係農家に農家負担を対等にした両案の説明会を行ったうえで、事業への参加や水源についてアンケートを実施することが決められた。
 アンケートの結果、全農家に対する事業参加希望農家の割合は41%に止まり、概定地域1378ha内の農家の参加希望率は72%だった。概定地域内の参加希望農家のうち74%が川辺川ダムを水源として希望したものの、同意取得の対象となる全農家を基準にすると、土地改良事業の実施に必要な3分の2以上の同意を確保できる見通しは立っていない。
 このような状況のもとで、後述のように、国土交通省(以下「国交省」という)が、強制収用の申請取下げを行ったため、ダム案の前提が崩れ去り、新利水計画の策定作業は混迷状態に陥り、事前協議は同年12月末まで中断を余儀なくされた。
(2) 画期的な収用委員会勧告
 2005年8月29日、熊本県収用委員会の塚本侃委員長は、「申請をいったん取り下げることを勧める。9月22日までに取り下げなければ、26日に申請を却下して審理を終結させる」と国交省に告げた。
 国交省は、ダム建設に伴って失われる漁業権の補償交渉を球磨川漁協との間で行ってきた。しかし、球磨川漁協では、2001(平成13)年2月の総代会、同年11月の臨時総会において、いずれも漁業補償案が否決された。
 そのため、国交省は、同年12月、強制収用としては例を見ない漁業権の収用手続に踏み切った。これを受けて、収用委員会は、2002(平成14)年2月から審理を開始した。
 福岡高等裁判所の農家勝訴判決の結果、土地改良事業の変更計画は白紙に戻った。これを受けて、同年10月、収用委員会は、審理を中断し、新利水計画の策定状況を見守ることになった。
 2004(平成16)年11月、収用委員会は、審理を再開し、国交省に対して、新利水計画の概要を踏まえ、ダム基本計画を見直すかどうかを含めた対応を示すよう指示した。その際、塚本委員長は、「来春まで(新利水計画が)確定していなければ、その状況を前提として判断する」と述べて、国交省の対応によっては申請を却下することを強く示唆した。
 2005(平成17)年5月、塚本委員長は、これ以上の審理は不要と判断し、申請を却下するかどうかを検討する裁決会議に入ることを表明して、冒頭の取下勧告に至った。
 収用委員会の勧告後、農水省は、「現時点で(新利水計画の)概要を示すのは困難」とする報告書を国交省に提出した。他方、流域市町村で構成する川辺川ダム建設促進協議会は、国交省が収用申請を取り下げることを容認する決議を行った。
 これを受けて、国交省は、同年9月15日、収用申請の取下げを行い、川辺川ダム計画は事実上振り出しに戻った。

3 2006(平成18)年の展望
(1) 水源絞り込みと新利水計画
 九州農政局は、2005(平成17)年12月、新たに見直しを加えたダム案と非ダム案を関係団体に提示した。

 (ダム案)(非ダム案)
対象面積1263ha1263ha
総事業費490億350億
維持管理費(年間)9000万円1億4900万円
通水開始年度2017年度2012年度

 九州農政局は、2006(平成18)年春までにいずれかの案に絞り込み、2007(平成19)年度の概算要求が固まる8月までに新利水計画をまとめる方針を表明した。
 現在、両案の絞り込みを行うための事前協議が重ねられているが、「はじめにダムありき」の考え方を改め、関係農家に1日も早く水を届けるため、ダムによらない利水を選択すべきである。ダムにこだわり続ける限り、新利水計画を取りまとめることは不可能である。
 事前協議開始以来2年9ヶ月を経て、新利水計画の策定作業は最終段階に入っている。
(2) 球磨川水系の河川整備基本方針
 国交省は、川辺川ダム予定地を含む球磨川水系の治水に関して、2006(平成18)年度内に河川整備基本方針を策定することを明らかにした。その際、九州整備局は、ダムは治水に必要との見解を示しており、ダムを前提とした基本方針の策定を進める姿勢を示している。
 しかし、川辺川ダム計画は、1966(昭和41)年に計画が公表されてから約40年が経過しており、ダムに拘泥してこれ以上流域関係者を巻き込むことは許されない。国交省は、速やかに川辺川ダム計画を撤回し、ダムに頼らない河川改修などの治水を真剣に検討すべきである。それを踏まえて、疲弊した人吉球磨地方の再建に1日も早く着手しなければならない。

4 おわりに
 福岡高裁判決後始まった新利水計画の策定作業は、関係農家を主人公として参加させる「住民参加」段階を経て、関係農家が自ら今後の土地改良事業のあり方を決定する「住民決定」段階に入った。
 また、川辺川ダム問題に関しても、強制収用の裁決申請取下後、新たに治水計画を策定する段階を迎えている。
 2005(平成17)年は、新利水計画に携わる関係農家に加えて、水没予定地の五木村、過去に水害被害を受けた流域住民、環境保全を唱える市民を巻き込み、「住民決定」の成果が問われる1年である。