公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
大阪じん肺アスベスト弁護団の取り組み
ー真に隙間のない救済と責任の明確化に向けてー

弁護士 村松昭夫


1 大阪・泉南地域における石綿被害の実態
 昨年夏の「クボタショック」以降、アスベスト問題は大変な社会問題となっている。単なる一労災に止まらず、工場周辺住民に対する被害などその及ぼす被害の広がりと深刻さが次第に明らかとなっている。すでに20年前からアスベスト問題の重大性を警告してきた宮本憲一先生によれば、アスベスト災害は「史上最大の社会災害」と言われている。そのなかでも、大阪・泉南地域は、100年前から石綿の紡績、紡織などの石綿工業が地場産業として栄え、最盛期には、泉南市と阪南市の主だった石綿工場(しかし、多くは中小零細工場)だけでも60を越え、その下にはさらに200を越える家内工業、内職の職場も存在していた。「石綿村」と言われるほど石綿工場が集中立地していた地域も存在していた。
 作業工程においては、石綿を直接扱う手作業も多く、工場内には石綿の粉じんが充満し、1メートル先の人の顔も確認できないほど職場環境は劣悪で、同時に、工場の外にも窓等から大量の石綿が飛散し、当然のことに、多くの肺ガン、中皮腫、石綿肺などの被害が発生していた。
 泉南地域においては、早くも、戦前の1940年ごろに工場労働者の石綿による被害実態調査が行われ、戦後直後からも保健所などによって多数回に亘って職場実態や被害実態の調査が行われていた。ところが、地場産業であったことや地域ではそうした被害が日常化していたこともあってか、そうした被害の深刻さが社会問題化されることはなく、被害者は泣き寝入りを余儀なくされていた。
 大阪じん肺アスベスト弁護団と大阪民医連、「泉南地域の石綿被害と市民の会」が、昨年11月から実施している医療・法律相談会でも、泉南地域の石綿被害が、労働者、その家族、周辺住民、事業主などに想像以上に広がっていることが明らかになっている。また、相談や検診に訪れる被害者は後を絶たず、まさに、大阪・泉南地域の石綿被害は、地域ぐるみの被害の様相を呈していると言って良い。
 同時に、石綿被害は、大阪・泉南地域などに限らず、思わぬところにも広がりを見せている。私の周辺でも、全く石綿関連の職場で働いたこともない方が中皮腫で死亡しその遺族が相談に来た例や、やはり先日中皮腫で死亡した方は、中皮腫を宣告されたが全く石綿関連職場の記憶がなかったが、荷物を整理しているなかで船員手帳を見つけ、40年前の10代後半に3年間ウエイターとしてフェリーに乗っていたこと、その時にベットが置いてあった狭い部屋が吹き付けアスベストで充満していたことを思い出したという相談例もある。
 大阪・泉南地域などアスベスト被害の重大性は私たちの想像以上であり、今後、万全なアスベスト対策を行わせることと同時に、間違いなく増加する被害者の救済をどうするのか重要な問題として投げかけられている。

2 アスベスト「救済法」の内容と問題点
 いわゆるアスベスト「救済法」は、去る2月3日に成立し、3月末には施行されることになっている。この「救済法」は、労災で対象となる労働者を除く住民や労働者の家族、建築現場などの1人親方などを救済の対象としており、救済の対象となる指定疾病は肺ガンと中皮腫があげられ、それ以外の石綿関連疾病に関しては、政令で対象に含めることもできる仕組みとなっている(なお、その後環境省は、当面は指定疾病は広げないとしている)。給付金額は医療費に加えて療養手当が月10万円などとなっており、すでに死亡している被害者の遺族には特別遺族弔慰金280万円と葬祭費20万円が給付されることになっている。また、認定基準や認定の方法も、たとえば中皮腫であれば、医師の確定診断書があれば良いとしているなど従来から見れば緩和されている。
以上の点から、従来の災害や公害の時の対応から見れば、政府の今回の対応は、一定評価ができるところもある。しかしながら、これが「隙間のない救済」かというとその不十分性は明らかである。何よりも、救済される指定疾病が肺ガンと中皮腫に限定され、労災では石綿関連疾病とされている石綿肺などが救済されないのは最大の問題である。特に大阪・泉南地域には石綿肺の被害者が多数おり、こうした被害者が置き去りにされた状況である。また、給付金額も労災での給付金額を大幅に下回るものであり、到底納得できるものではない。それ以外にも、健康管理手帳制度が採用されなかったことなど、不十分性は明白である。総じて言えば、この「救済法」は、国や企業の責任を明確にしないまま、あるいは曖昧にしたままで制定されたものであり、そのことに関連する弱点を多数含んでいる点で根本的な問題点を抱えていると言わざるを得ない。

3 大阪じん肺アスベスト弁護団の活動 ー国の責任追及にー
 大阪じん肺アスベスト弁護団は、昨年夏、従来の大阪じん肺弁護団を母体にして、公害環境事件に取り組んできた弁護士や活動力溢れる15名を越える58期の新人弁護士が参加して結成され、現在弁護団員は35名を越えている。弁護団長は、大阪じん肺弁護団の団長であった芝原明夫弁護士である。
 弁護団は、この半年間、前述の泉南地域での医療・法律相談会の実施などの被害掘り起こし、電話相談、個別労災申請、シンポジウムや学習会の開催、ゼネコン相手の損害賠償事件、労災の一斉申請事件など多彩な活動を行ってきている。
 さらに、アスベスト新法の国会審議にあたっては、全国公害患者会や公害地球懇などの協力を得て国会及び環境省への要請行動も行い、小池晃参議院議員の国会質問で泉南地域の具体的な被害が紹介されるなどの成果もあった。また、2月には宮本憲一先生や日本環境会議などによる大阪・泉南地域の現地調査も実施されている。
 そして、4月提訴に向けて、国の責任追及の準備を本格化させている。すでに報道されているように、アスベスト被害が深刻化、広範化した原因が、アスベスト被害発生を知っていながらアスベストの輸入、使用等を野放しにしてきた行政と、同様にアスベストを使用し続けてきた石綿関連企業にあることは明らかである。ところが、国は「救済法」での対応からもわかるように自らの責任を明確にしていない。このまま国の責任を曖昧にするならば、被害者の救済もまた不十分に終わりかねない。とりわけ、中小零細工場が多かった泉南地域ではその危険性が一層強い。国をはじめとする石綿関連の関係者の責任を明確にしてこそ、今後の被害者救済の道筋を明確にできるものであり、充実化も図られるものである。
 大阪じん肺アスベスト弁護団は、泉南地域を中心に一層の被害の掘り起こしを行うと共に、国の責任の明確化を求める国賠請求やゼネコン相手の裁判、「救済法」の活用運動など、真に隙間のない被害の救済に向けた取り組みを行っていくものである。同時に、「史上最大の社会災害」に対して、全国各地から同様の闘いを巻き起こすよう心から呼びかけるものである。