公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(新幹線公害)
名古屋新幹線公害訴訟(和解後)の報告
名古屋新幹線公害訴訟弁護団

第1  はじめに
 名古屋新幹線公害訴訟の和解から,今年21年を迎えた。この間,弁護団は原告住民とともに和解内容の履行状況の監視活動を続けてきた。
 ところで,報道によると,国土交通省は整備新幹線の2007年度の事業費2637億円の線区別配分を発表したとされている。そのなかで,地元自治体の同意が得られず着工のメドが立っていない九州長崎ルートにも06年度と同額の10億円の配分を決めたとも報じている。
 地元自治体の反対を押し切って,新幹線建設に固執する思惑は何なのか。同ルートにあたる佐賀県内の住民の反対意見は明快である。「新幹線建設の地元負担に堪えられるのか」「住民のあしである長崎本線は残るのか」など,他線の状況を知る住民の声は的を射ている。
 このような状況を見るとき,新幹線沿線住民の生活環境を守る取り組みは全国的課題である。以下,昨年の公害弁連第35回総会以降の主な活動を報告する。
第2  1年間の主な動き
1  環境省との協議
 2006年6月6日,第31回全国公害被害者総行動デーに合わせ,環境省水・環境局自動車環境対策課と協議を行った。
 環境省の回答は次のとおりであった。
 愛知県(04年度)と名古屋市(05年度)の調査結果を見た。騒音が悪化しており残念。国交省鉄道局環境対策室に対し,JRへの指導を要請した。騒音の悪化の原因は,と聞かれても申し上げられない。
 これまで,第1次から第3次にかけて「75dB対策」を実施してきた。対策区間以外で75dBを超過している地域もあるので,引き続き「75dB対策(第4次)」実施することにした。
 振動の緊急対策指針値は,当時の世論や専門家の検討結果として決められたものと考えられる。改めて,低い数値での振動環境基準の設定要求はいかがなものなのか。
 その他,JR移転補償跡地や南貨関連土地など名古屋市に関係するものについては,本日の要望内容を名古屋市に伝える。
 協議を終えての当方の感想は,環境省の対応はきわめて消極的であり,不勉強であると言わざるを得ない。「環境基準達成率の低下はスピードアップが原因」とする愛知県のコメントを紹介したところ,環境省は「原因について申し上げられない」と逃げ腰の発言をした。2004年6月1日の環境省協議において,当時の課長は「すぐスピードを上げるJRの姿勢はよくない」と明言している。
 環境省は,創設当時の「環境保全」「被害者救済」の立場を貫くことが求められている。
2  名古屋市の騒音・振動の測定結果
(1)  2005年度の拡大測定結果
 名古屋市は1985年度から5年に一度の割合で,名古屋市内の新幹線騒音・振動の拡大調査を行っている。2005年度は50地点142か所で調査を行い,その結果を06年10月13日に発表した。発表によると,騒音環境基準の達成率は80%で前回の調査(2000年度)に比べ3ポイント低下していることが分かった。振動は全測定地点で指針値70dBを達成しているものの,ほぼ横ばいの状況で,さらなる振動対策が求められる。
(2)  定期監視測定(06年度)の結果
 名古屋市は和解内容に沿って,毎年新幹線騒音・振動の定期監視測定を6地点9か所で実施している。06年度の測定結果は12月7日に発表された。
 騒音は66ないし72dBであった。振動は指針値内であったが,ほぼ横ばいで,さらなる対策が急がれる。
3  JRとの協議
 和解成立後,毎年定期的に行われているJR東海との21回目の協議は,2006年12月12日,名古屋市内で行われた。
(1) JR東海の主な説明は次のとおりである。
@  騒音対策,南方貨物線(南貨)撤去後の対策について
 7キロ全線の騒音70dB以下の達成と維持を目指して,車両対策の効果を見ながら対策を実施してきた。05年度までに吸音板200m,小トナカイ型吸音装置(小トナカイ)2802mを設置してきた。06年度の着工分は,小トナカイ251m,吸音板1251mとなっている。この中には,05年度の名古屋市の測定で騒音74dBであった熱田区二番二丁目下り線側の対策も含まれている。
 また,05年度の名古屋市の拡大測定で70dBを超過したところと,これから撤去される南貨側への対策として,07年度から09年度にかけて,吸音板1239m,上板(逆L)254mの施工を計画している。施工済み,施工中,計画中を合計すると,小トナカイ3088m,吸音板2725m,上板254mとなる。
A  振動対策について
 振動に関しては,様々な実験をやっているものの,評価がばらつき,定量的な評価に結びつかない。絶対的な対策に至っていない。小牧市にある当社の総合技術本部・技術開発部で主要なテーマとして研究を続けてもらっている。
B  現状非悪化の順守について
 昨年度(05年度)の名古屋市の測定で熱田区二番二丁目の下り側で,これまでの騒音を大きく上回った。すぐにレール交換とレール削正を行い,70dB以下を確認した。本年度(06年)の名古屋市の測定でも69dBであった。昨年も申し上げたように,南貨の撤去も含め沿線の状況が変化していくので,変化に対応して,対策を計画し実施していく。今後とも折角の対策の機能が後退しないよう点検などを行い,現状非悪化に努める。
C  アスベスト含有防音壁について
 新幹線の構造物(盛土・高架橋)は,高さ2mのボード板とその上に小トナカイなどの吸音装置が設置されているが,それを総称して防音壁と呼んでいる。いま,社会問題化しているアスベストが含まれているのが2mのボード板である。
 アスベスト浮遊測定をしたが,アスベストの飛散の報告は受けていない。
 7キロ区間で吸音材の取付工事が施工中または予定されているので取付工事に合わせて,ノンアスベストのボード板に取り替えていく。これによって,ノンアスベストボード板の延長は2525mとなる。
 東海道全線のアスベスト含有ボード板を非アスベストボード板に交換することについては,確約するような計画はない。
D  地震対策,高架橋のライニング(表面保護)工事について
 地震対策としては,国鉄時代にトンネル,盛土の補強をした。阪神大震災後,高架橋の落橋防止工事を行った。現在高架橋柱を鉄板でまく補強工事を行っている。早期地震警報システムも新型が稼働中で,新たに検地点を1か所増やし今年度中に使用開始する。
 高架構造物の劣化防止を目的に構造物への樹脂製のペイントで表面を被膜する工事も年次計画どおりに進めている。
E  高架下・移転跡地および無償譲渡について
 高架下・移転跡地を良好な状態に保つため,社員が巡回し必要な措置を執っている。
 移転跡地の名古屋市への無償譲渡については,名古屋市側の事情から進んでいない。また,鉄道・運輸機構所有の南貨関連土地とJRの移転跡地の交換については,両者で合意を見たので,現在,名古屋市へ協議を申し入れているところで,おそらく07年1月中には交換手続きは終わるのではないか。
F  車両の保有状況,N700系について
 07年7月のダイヤ改正で新型車両のN700系を導入することになる。
 N700はJR西日本と共同開発したもので,車両と車両の間にホロをかぶせ,台車にスカートをはかせる。このことによって風力音を押さえることができる。また,N700系はカーブでもスピードを落とすことなく走れる。7キロ区間では低速であった名古屋駅に近い名古屋球場付近で若干スピードが上がるのではないか。現在,テスト中の騒音測定では上昇はしていない。
 ダイヤ改正後,7キロ区間の測定を計画する。
 JR東海の新幹線の保有状況は,700系60編成,300系60編成で計120編成。
 JR西日本の東海区間への乗り入れ状況は,700系15編成,500系9編成,300系9編成で計33編成。
(2)  協議の終わりにあたって当方は次のとおり述べた。
 本日のJRの説明で,当方として積極的に受け止める点もあった。第1点は,騒音・振動対策の面で昨年と比較してデータ的にも前進しているし,JRも前向きに取り組んでいる。第2点は,移転跡地の環境保全的活用という点でも,JRの姿勢は前向きで名古屋市への働きかけは真摯に取り組んでいると言える。
 次に問題点としては,N700系は環境面に配慮した構造との説明は理解できるが,スピードアップは率直に言って心配。データが明らかになった段階で改めて意見交換をお願いしたい。問題点の第2は,アスベスト問題。測定しても飛散しているデータはないということだが,アスベスト材のそばを高速で新幹線が運行している。非アスベスト材への取り替えを積極的に検討されたい。
最後になるが,和解交渉当時,双方の代表者の努力によって和解に到達した。公害の被害者,加害者という立場を乗りこえ,双方が両立できるよう,知恵を出し話し合いたい。引き続き,JRの努力によって和解条項の実現をお願いしたい。
 JR側は,本日のやりとりや原告側の意見も踏まえ,7キロ区間の環境保全と和解内容の順守に向けて努めるので理解をいただきたいと表明した。
4  名古屋市の対応
 原告住民が居住する7キロ区間にJR東海の移転補償跡地25000・が点在している。JR東海は,04年度に移転補償跡地全体の名古屋市への無償譲渡の方針を明らかにした。2006年8月7日,「愛知の住民いっせい行動デー」の一環として取り組まれた市長交渉において,原告住民は,移転跡地全体を譲り受け,新幹線沿線の環境保全的活用に資するよう申し入れた。
 この要求に対し,名古屋市長は,(1)移転跡地は,形状も大小さまざまで連続性もないため活用は難しい,(2)活用の制限がある土地の受入てについては,固定資産税の減収や維持管理費等を考えると,譲り受けには応じられない,と住民要求に背を向けた回答に終始した。名古屋市を原告住民の側に立たせる取り組みがきわめて重要である。
5  おわりに
 JR東海は,本年7月のダイヤ改正で「N700系」の導入に伴い,朝,夕に上り下りを各1本ずつ増やす。これによって,現在の301本から305本になる。果たして環境対策は大丈夫なのか。
 一方,2007年度の事業費の配分が決まった整備新幹線の沿線住民の動きは活発となっている。
 2006年10月,「北陸新幹線,並行在来線問題をどうとりくむか」をテーマに,学習交流会が新潟県上越市で開かれた。05年12月の交流会に続いて2回目となる交流会には,長野,富山,石川,福井,新潟の5県の関係者が集まった。北陸新幹線は東京を起点にして,長野,上越,富山,金沢,福井などを経由して,最終的に大阪に至る。約700キロの路線は2014年の開業をめざして工事は急ピッチで推進されている。北陸新幹線の開通に伴い,信越本線の長野−直江津間と北陸本線の直江津−金沢間が並行在来線としてJRから分離される,という。北陸信越5県では並行在来線の存続を求める住民や労働者の運動が広がっている。はじめで述べたように,佐賀市と長崎市を結ぶ九州新幹線長崎ルート(長崎新幹線)の佐賀県の沿線住民の思いは切実である。報道によると,長崎本線は特急の止まる肥前山口駅(佐賀・江北町)から肥前鹿島駅(同・鹿島市)を経て長崎県諫早市まで有明海沿いを通る。長崎新幹線の着工計画は,この肥前山口駅から諫早までの区間の在来線をJRから経営分離することが条件になっている。佐賀,長崎県民は建設費の地元負担だけでなく,経営分離された第3セクター鉄道の維持管理費と赤字となった分を毎年負担させられることになるという。
 在来線を残すこと,これをJRが責任をもって運営することなどの制度を国に作らせることがもとめられるのではないだろうか。