公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【3】 特別報告
『水島地域の再生のために―現状と課題―』から今後を展望する
〜倉敷公害訴訟和解10周年をむかえて〜
みずしま財団  藤原園子

1  はじめに
 今年度は1996年12月23日の倉敷公害訴訟の和解から,10周年を迎える記念の年度であった。これにあたって,公害患者会をはじめ,弁護団,支援団体,みずしま財団などにより実行委員会形式を組織し,記念誌『10年の歩み』(p36)の作成,記録映像「よみがえれ ふるさと水島よ」(DVD,40分)を編集作成し,12月3日に記念行事を倉敷アイビースクエアで開催した。記念行事当日には倉敷の公害患者や弁護団,医師,全国の患者会関係者,弁護士,研究者など150名の参加者とともに10年をふりかえり,今後を展望した。
 みずしま財団では,これに先立って,2006年6月,『水島地域の再生のために ―現状と課題―』(p68)を発刊した。ここでは本書の位置づけと一部要旨を提示するとともに,和解10年を迎えた水島地域とみずしま財団の今後を展望したい。
2  『水島地域の再生のために ―現状と課題―』作成にあたって
 岡山県は,1950年代から水島臨海工業地帯の造成を進め,1960年代には鉄鋼・石油化学を中心とした巨大なコンビナートが水島地域に形成された。そのコンビナートから排出された大量の汚染物質により水質汚濁,大気汚染などの深刻な公害が急速に広がることとなった。
 これに対し公害患者と家族らは1983年,水島コンビナートの主要企業8社を相手取って訴訟を起こした。13年間にわたる長き法廷闘争の末,1996年12月原告側は,勝利・和解を得た。その和解条項に,「解決金の一部を原告らの環境保健,地域の生活環境の改善などの実現に使用できるものとする」という文言が加えられ,そのための市民・企業・行政の協働の拠点として「財団法人 水島地域環境再生財団(通称:みずしま財団)」が2000年3月設立された。
 みずしま財団は,設立から5年間,環境再生,まちづくりを目指してさまざまな活動を行ってきた。しかし,これらは必ずしも一つの基本戦略の中に明確に位置づけられたものではなかった。財団の中長期的な展望を考える上で,現在特に求められているのは,この基本戦略である。
 そこで,みずしま財団では,水島地域の現状と問題点を把握した上で,これを再生・改善していくための基本的な道筋,あるべき地域の姿(ビジョン)を描き出すことを目的に『水島地域の再生のために ―現状と課題―』を作成した。本書は,水島地域の現状と課題を自然,産業,健康・福祉,災害などの分野別に明らかにし,水島地域の将来展望を提案したものである。作成にあたり,2003年6月から2006年5月までみずしま財団の研究員だけでなく理事,非常勤職員を交えた会議を月1回のペースで開催した。
3  構成と主な内容
 『水島地域の再生のために ―現状と課題―』では,地域の現状と課題を「自然環境」「住民の構成とその変動」「産業の動向」「福祉と住民生活」「災害」に分けて,整理・分析している。ここでは公害患者を含めた住民の生活環境の現状と課題についての要約を提示する。詳細なデータならびに他の項目については本書を参考にしていただきたい。
3−1  住民の構成とその変動
(1)  コンビナート形成以降の人口推移
 水島地区では,コンビナートが建設された1960年代から急激に人口が増加し,ピーク時の1973年には95,577人と,1960年のほぼ倍以上になった。この増加率は,倉敷市の他の地域と比べても非常に高い。その後は多少減少傾向にあるものの,ほぼ横ばいとなっている。
 水島地区における住宅の特徴として,持ち家の割合が低い反面,給与住宅(社宅)が多く,単身者の割合が高くなっていることを挙げることができる。このことから,定住する傾向が弱いことが指摘できる。また,倉敷市全体に比べ,水島は生産年齢人口の割合が高い地区であることが確認できる。
 水島地区内で,さらに詳細にみてみると,いわゆる中心地ともいうべき水島地区(福田,連島地区を除く狭義の水島地区)で人口の減少が目立つことがわかる。いわゆる狭義の水島地区では,人口の減少とともに高齢化が進んでいる。その理由としては,コンビナートでの労働者として移転してきた人が,そのまま高齢化しているためであると考えられる。これはいわゆるドーナツ化とは少し異なり,過疎化と同様の傾向といえるであろう。
(2)  住民の就業状況
 産業分類別の就業人口をみてみると,かつては農・漁村地帯であった水島地区も,第二次産業,第三次産業が圧倒的な割合を占めていることがわかる。ただ,第二次産業については,1970年代以降は減少している。それに対して,第三次産業の割合が増えているが,それでも全国と比較すると割合はそれほど大きくないことがわかる。  就業者の職業別構成をみてみると,「生産工程・労務作業者」が42.5%と圧倒的に高く,これは全国平均と比較しても高い割合であることがわかる。つまり,現場労働者の割合が高いことを示している。
3−2  福祉と住民生活
(1)  水島地域の特徴と福祉の問題点
 水島地域では,他地域に比べて高齢化率は比較的低いものの,一人暮らしや核家族の割合は高い。高齢者人口に占める独居老人や老老世帯比率が高く,老齢化指数の変化率も高いことから,そうした人々に対する支援が今後課題になると思われる。
 また,水島地域は,道路が広く,いわゆる自動車中心社会となっている。一方で,バスなどの公共交通は次々と路線が減少している。高齢者などいわゆる交通弱者の足をいかに確保するかが,今後の課題となっている。
(2)  公害患者の現状
 倉敷市の公害患者は,1975年から1988年の間に「公害健康被害補償法」によって総数3,835人が認定された。しかし,1988年に地域指定が全面解除され,それ以降の新規認定患者はいないため,認定患者数は毎年減少している。近年の大気汚染の状況から,公害患者は発生している可能性もあるが,適切な調査が行われていないために,その数は不明である。
 公害患者の高齢化に伴っては,「公害健康被害補償等に関する法律(公健法)」による補償が中心のため,通院等の負担が大きくなることや,介護保険の不十分さ,合併症の可能性が高いことなどの問題が発生してきている。
4  水島地域の再生に向けて 〜今後の展望〜
 みずしま財団では,水島地域の現状と課題を整理し,それらをもとに水島地域の将来望まれる姿を導き出した。それらを,以下に示した6項目にまとめた。各項目の内容については本書を見ていただきたい。
1) きれいな空気に満ちた地域に
2) 海・水辺を感じる地域に
3) 健康で生活を楽しめる地域に
4) 「ちょっと手助け」しあえる地域に
5) 文化のあふれる地域に
6) 働く喜びとゆとりを感じられる地域に
 これらは,あくまでみずしま財団が提案する水島地域の将来像であり,その取り組みに当たっては,市民・企業・行政など多様な主体の協働によって始めて実現されるものである。
 そのため,発刊後には岡山県・倉敷市に提出し,地域生活圏にねざし,地域の資源を生かした県・市づくりを進めるよう提言した。さらに倉敷市とは,環境部局・都市計画部局・企画部局等と「まちづくり懇談会」を定期的に開催する取り組みを始めている。今後は地域の諸団体も交えて懇談会を広げていく予定である。
 このように,「地域のどのような組織をつなげれば,どのような効果が得られるのかを考える「コーディネーターとしての役割」がみずしま財団には求められる。財団の基盤(資金・人材・経営・運営力)を整え,外部とのかかわりを持ちながら,3月に完成する中長期事業計画を元に,事業展開していきたい。