公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(ダム・干拓問題)
〔2〕 黒部川排砂ダム(出し平,宇奈月ダム)被害事件の経過
出し平排砂ダム被害訴訟弁護団
弁護士  坂本義夫

1  関西電力に対する排砂被害訴訟
 2002年12月4日,関電を相手に,被害漁民の漁業権行使海域へのヘドロの流入差止,除去,被害の補償等を求めて富山地裁に提起した排砂被害訴訟は,現在も継続中である。もっとも,争いの場は当面公調委の原因裁定に移っているため,この訴訟は,原因裁定の経過を確認し今後の訴訟の運び方を決めるため,数ヶ月に一度期日を開いている状態である。
2  公調委での原因裁定手続
(1)  従前の経過
 富山地裁の嘱託を受け,04年10月28日から審問が始められた原因裁定は,これまでほぼ裁判と同様の手続で審理が進められ(裁定委員長加藤和夫,委員平石次郎,同田辺淳也→その後顧問→新委員辻通明),主張と証拠が整理されてきた。
(2)  本年度の審理
 公調委事務局が事実整理案を作成し,双方からの学者参考人(原告側青海忠久福井県立大学海洋生物資源学部教授,田崎和江金沢大学理学部教授,藤田大介東京海洋大学助教授,被告側松本英二名古屋大学大学院環境学研究科教授)の尋問,被害状況の立証のため原告本人・参考人の尋問,裁定委員による現地調査(06年7月12日),海底の状態を調査するための4地点での海底ボーリング調査(同年8月17,18,21日〜23日),浅場の海底についての潜水調査(同年8月22日〜24日,9月26日)が行われた。それらの調査結果をふまえ,鉱物・漁業等の専門家からなる3人の専門委員(松里壽彦,一國雅巳,清水誠)からの報告書が10月に提出され,これに対して原被告双方の意見書が提出されて,12月21日の16回期日で結審し,本年度末には裁定が出される見通しである。
 本件の争点は,直接見ることが困難な海底で生起している事象の有無であり,事件の直接の被害者は「いなくなった」「魚」であるため,主張・立証には多くの困難が伴った。これだけの漁業被害が発生しているのに,富山県は関電に遠慮してか調査を行わないため,県外の研究者の力を借りて主張・立証を維持してきたが,今回公調委の力で調査できたことは事実解明に役立つものであった。ボーリング調査の費用だけでも数百万円であり,原因裁定嘱託を申し立てた意味は大きかったと言える。
(3)  専門委員報告書
 専門委員報告書では,ダム湖の存在により半分解状態の有機物が生成し,排砂によってそれが富山湾に流入することによって富山湾への有機物流入量が増大し,富山湾底泥の有機物含量が増加すること,排砂によって富山湾に流入した有機物はダム底に堆積している粘土鉱物と複合体を形成して粒径の大きな粒子になり,粒子の沈降挙動に影響し,黒部川河口の東側の浅海域の広範囲に浮泥・ぬかるみとなって分布し,本来砂質であった底質を泥質化していることは否定できない事実であるとし,排砂ダムの存在及び排砂により海底の泥質化が生じているメカニズムを認めている。
 魚類への影響については,何らかの原因でヒラメの行動が変わったことが示唆され,その原因が環境にある可能性が高いと言えるとする一方,浅海域に生息するものについては,排砂による何らかの影響が生じている可能性もあるが明確な判断を下すことはできない,ワカメについては,品質に被害が生じたとすれば濁りが原因となっている可能性は高いとしている。
 以上のとおり,浅海域環境への悪影響は認めるが,生物への影響は,ワカメ以外は明確には認めていない。
 しかし,この報告書は,黒部川河口を境とする東西各海域のヒラメ漁獲量の推移を根拠にしているところ,それは一昨年以前の統計によるものである。一昨年から今年にかけては,河口以西では例年にないヒラメの豊漁であったが,以前ははるかにヒラメ漁獲が多かった河口以東(被害海域)ではほとんど漁獲がないという状態が続いており,専門委員報告書には時的限界がある。また,同報告書が浅海域にしか影響が無いとした根拠は,深場は現在泥質であるが以前から泥質であったかも知れないという点にある。しかし,原告らが問題としているポイントは以前ヒラメの好漁場であったところで,ヒラメの性質から同ポイントは従前砂質であったことが推測され,現に80年に国土地理院が測量した際は砂質であったと沿岸海域地形図から見て取れるものであり,報告書はこの点の厳密な検討を欠いているなど誤った前提に立つものであり,この点は原告意見書でも指摘した。
 関電は,これまで排砂で本件海域で漁業に悪影響を与える事象は一切認められないとしていたが,今回の報告書は,限界はあるものの,この関電のこれまでの主張を突き崩すものであり,大きくな成果とも言える。
3  支援ネットワークの活動と単行本の発行
 03年の5月31日富山県内の環境保護グループ「黒部川ウォッチング」が中心となって被害訴訟を支援する県民のネットワーク「黒部川排砂ダム被害訴訟支援ネットワーク」を立ち上げ,ビラ・チラシの作成,機関誌「きときと通信」の発行,ホームページ(http://homepage2.nifty.com/haisa/index.html)の立ち上げ・運用,専門家・関電・国交省を招いての講演会の開催など盛んな取り組みを行っている。
 また,03年から06年まで朝日新聞富山支局に在籍していた角幡唯介記者による「川の吐息,海のため息−ルポ黒部川ダム排砂−」が,桂書房から出版された。この本は,角幡記者が自ら取材し同紙富山版に連載した記事を加筆訂正したものであるが,ニューギニアやヒマラヤの高峰を初登した経験を持つ早大冒険部OBの著者が,公平な目で,当事者と,それを取り巻く学者,記者などの有り様を鋭く描いている。
4  県漁連に対する報告義務履行請求訴訟
 被害海域漁協の中で唯一正面から排砂による漁業被害の改善を求めてきた泊漁協が原告となり,県漁連を相手に,県漁連が各単位漁協の代理として関電から受領したとされる数十億円にものぼる損害賠償金に関し,関電との交渉過程や損害賠償金の配分基準等の報告を求めた訴訟で,一審の富山地裁は,03年10月22日,関電との漁業補償に関する交渉の経過,受領した金員の配分基準の報告を命じた。しかし,文書の交付とその余の部分の報告については請求を棄却した。
 控訴審の名古屋高裁金沢支部は05年10月2日に,県漁連に対し,泊漁協への配分額,配分基準のみならず,配分額の算出過程につき,書面で報告するよう命じ,これが確定して,その後県漁連から判決に従って報告するとして配分額算出過程を示したとされる書類が送付されてきた。
 しかしながら,開示された内容は不十分であり,完全な履行がなされていないため,現在でも県漁連に対し引き続き報告を求めている状況にある。今年度は公調委の審理が大詰めを迎えたため,特別の動きはできなかったが,公調委の結審後,この分野での取組みを進める準備をしている。