公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【3】 特別報告
新たな段階に入った京都議定書交渉
− 2013年以降の削減目標と制度設計
弁護士  早川光俊

1  国際交渉の経緯
 都議定書は1997年12月に京都で開催されたCOP3で採択された。COP3では,先進国の削減目標が合意され,京都メカニズムなどの採用が決まったが,その運用ルールについてはほとんど議論ができなかった。翌年1998年に開催されたCOP4で,COP6までに京都議定書の運用ルールを決めるとするブエノスアイレスアクションプランが合意され,運用ルールの議論が始まった。
 2000年11月にオランダのハーグで開催されたCOP6は合意ができずに決裂し,2001年7月にCOP6再開会合が開催されることになったが,COP6再開会合の直前の3月に,新たにアメリカ大統領になったブッシュ大統領は議定書交渉から離脱を宣言してしまった。ドイツのボンで開催されたCOP6再開会合でようやく運用ルールについての政治的合意(ボン合意)が成立し,同じ年の11月にモロッコのマラケシュで開催されたCOP7でようやく議定書の運用ルールについての文書(マラケシュ合意)が採択され,ようやく批准の条件が整った。各国は,2002年8月のヨハネスブルグでの「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」での発効を目指して批准手続を進めたが,ロシアの批准が遅れ,2005年2月にようやく京都議定書は発効した。
 そして,2005年11月にモントリオールで開催されたCOPMOP1で,議定書の運用ルールが採択され,京都議定書は合意から8年でようやく始動することになった。
2  始まった2013年以降の議論
 京都議定書は2012年までの削減目標しか定めていない。京都議定書はその3条9項で,「先進国(附属書・国)の2013年以降の約束については,1回目の約束期間が満了する2012年の少なくとも7年前(2005年)に当該約束の検討を開始する」と規定しており,モントリオールのCOPMOP1で,2013年以降の削減目標について議論を開始することは議定書上の義務となっていた。
 最終日の明け方まで続いた会議で,先進国の2013年以降の削減目標や制度についての議論を特別作業グループ(AWG)を設置して討議すること,この議論は第1約束期間と第2約束期間の間に空白を生じさせないよう進めることが合意された。次期以降も京都議定書が継続されることを前提とした合意になったことは,京都議定書のもとでの対策を進めようとしている自治体や企業などを励ます強力なシグナルになった。
 また,米国も参加する条約の締約国会議(COP11)で,「新しい約束に繋がるものではない」などの条件つきではあっても,「長期的な共同行動」についての対話(ダイヤログ)を,すべての締約国に開かれたワークショップで討議してゆくことが決定された。これまで,新たな義務を課されることに警戒し,こうした議論をすること自体に強く反発していた途上国や,条約や議定書のプロセスを進めることに反対していた米国も含めて合意が成立したことは大きな成果であった。
 こうしたモントリオールでの合意を踏まえて,2006年11月にケニアのナイロビで開催されたCOP12,COPMOP2では,次期枠組みについての議論を実質的に進めることが最大の課題であった。
3  ナイロビ会議(COP12,COPMOP2)
 議定書9条は,COPMOP2において「科学的情報及び評価並びに関連する技術上,社会上及び経済上の情報」に照らして議定書の見直しを検討すると定めている。議定書9条の規定もあって,ナイロビ会議では,2013年以降の削減目標と制度設計の議論は,以下の3つのプロセスで行われることになった。
(1) 先進国の2013年以降の削減目標に関する議論を行う「特別作業グループ(AWG)」
(2) 「議定書の定期的検討」を行う議定書9条のプロセス
(3) 条約のもとでの「長期的な共同行動についての対話(ダイアログ)」
 このうち(1)と(2)は議定書の締約国会合(COPMOP2)のもとで,(3)は条約の締約国会議(COP12)のもとで行われる。米国やオーストラリアは条約の締約国であるが,京都議定書は批准していないため,(3)の対話では正式の参加者であるが,(1)と(2)の議論の場ではオブザーバーの資格しかない。
 2013年以降の削減目標と制度設計の議論については,2013年以降の第2約束期間からは主要な途上国にも何らかの削減目標を持たせたい先進国と,気候変動の原因を造った先進国がまず削減すべきであると主張し,新たな義務や約束はしたくない途上国とが対立していた。議定書第3条9項が先進国の義務に限った検討をするのに対し,議定書9条のプロセスは途上国も含む議定書の締約国全体に関する事項についての検討をするもので,途上国は,途上国の新たな義務についての議論に繋がりかねないとして警戒し,逆に先進国は9条の見直しを途上国に対する削減目標の議論に繋げたいと考えていた。
 具体的には,先進国側は9条の「議定書の見直し」をこのCOPMOP2で開始して継続したプロセスにすべきだと主張し,途上国側は「議定書の見直し」はできるだけ簡略にすませ,3年から5年くらいの間隔で次の「議定書の見直し」を行えばよいと主張していた。
 ナイロビでは,2007年には2回の作業部会(AWG)を開催することになっていたのを,1回増やして2007年中に3回の作業部会を開催することが合意され,そのなかで,(a)先進国の削減可能性と削減目標の幅の分析,(b)削減達成手段の分析,(c)先進国の更なる削減目標についての検討する作業計画が合意された。一方で環境NGOが主張していた2008年という議論の終了期限については,日本が強硬に反対し,合意できなかった。
 議定書9条の「議定書の見直し」については,2008年に第2回目の見直し作業が実施されること,見直しの範囲や内容はCOPMOP3で検討されることが合意された。途上国が反対していた見直し作業の継続を,プロセスとして繋げることができた背景の一つには,急速に進行する気候変動についての危機感が強まり,その影響に対して脆弱な後発開発途上国,小島嶼国,及び一部の途上国が,中国やインドなど排出が多い国々とは別の立場を取ろうと動いたことがある。
 2013年以降の削減目標についての議論のプロセスが合意されたこと,途上国を含む議定書の見直し作業が決まったことは半歩前進と評価してよい。
4  2013年以降のあるべき削減目標と制度設計
 気候変動問題に関する国際交渉の,当面の最大の課題は2013年以降の削減目標や制度設計である。2013年以降の削減目標や制度設計を考えるとき,京都議定書に対する評価がその前提として問題となる。京都議定書を評価する立場からは,京都議定書の基本的構造を引き継ぐ制度を2013年以降の枠組みとして提案することになり,逆に,京都議定書を失敗と見なす場合は,京都議定書と大きく異なる制度を提案することになる。後者の典型が,日本の経産省や一部の産業界からの提案である。
 経産省などは,京都議定書は,国別総量削減目標,実施ルールにおける懲罰的な遵守スキームなどのため,参加のインセンティブが働きにくい構造となっているとし,議定書が2013年以降現在の内容のまま延長された場合,米国や主要途上国が排出抑制・削減の努力に参加することは期待できず,その効果は将来にわたり限定的なものにとどまると主張する。具体的には,次期約束期間については,技術革新などの効果を考慮して2013年から2030年ないし2050年といった長期間で設定することや,総量目標以外にGDP原単位目標,エネルギー効率改善技術目標などから,各国が特定の指標を選択し,定期的にレビューを受ける制度を提案する。経産省の提案は,法的拘束力をもった総量削減目標を否定し,達成期限を限りなく先延ばしするもので,これから20年から30年という中短期的には温室効果ガスの削減努力はしなくてよいとの提案に他ならない。GDP原単位目標は,例えばGDPが増加すると原単位を減少させても結局総量は増えてしまうことになる。米国が2002年2月に発表した「新たな気候変動政策」は,2012年までにGDP当たりの温室効果ガス排出量を18%削減させるというものであったが,総排出量は基準年である90年比で30%も増加するというものであった。これは,大気汚染公害で,煙突からの排出濃度規制(K値規制)をしたが,排出量が増えると総量が増えて,結局,大気汚染は改善されなかったという経験を繰り返すものにほかならない。
5  2013年以降の制度設計を考える視点
 京都議定書が定めているのは,先進国が2012年までに90年レベルから5%程度削減することにすぎない。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第2次評価報告書が,大気中のCO2濃度を現状で安定化させるためには,直ちにCO2排出量を50〜70%削減しなければならないとしたことからすれば,5%程度の削減で気候変動が防止できないことは明らかである。
 こうした認識にたつならば,2013年以降の気候変動防止の枠組を設計するに際して,もっとも重要なことは,気候変動が危険なレベルに至らないレベルの温度上昇や大気中のCO2濃度から,長期的な目標を検討し,それからバックキャスティングで,当面の目標や政策と措置を検討することである。
 また,各国の排出割当量については,科学的で,衡平かつ公平で,客観的でなければならない。各国の排出割当量を決める一定の論理的ルールに合意することが,交渉コストを削減し,国家間の衡平感を増すことにもなる。  さらに,参加のインセンティヴをどうもたせるかも重要で,できるだけ多くの国が参加できるようなインセンティブをもつ枠組みとする必要がある。クリーン開発メカニズム(CDM)などの京都メカニズムを健全に発展させることは,そのひとつの方法である。
 具体的には,2013年以降の削減目標とその制度は,削減目標は少なくとも第1約束期間の削減目標を大幅に上回るもので,その制度は,長い議論を経て合意に達した,総量削減,法的拘束力,遵守制度などの京都議定書の基本的構造を引き継ぐものでなければならない。また,将来的には排出量の大きな途上国も含めて,温室効果ガスの排出量を規制していく必要のあることは明らかであり,そのためには途上国の参加についての,客観的,衡平・公正で,合理的なルールを議論することが必要である。
6  急速に進む気候変動
 大気中の温室効果ガス濃度は上昇し続けており,すでに430ppmに達している。先進国を含め温室効果ガスの排出量は増加し続けており,このままでは2040年頃に工業化(1850年頃)以前から2℃を超える可能性が高い。2度を超える気温上昇は,それより低い気温上昇の場合とは規模も範囲も質的に異なる影響が加速度的に拡大するとされている。
 英国の研究所は,今年(2007年)の世界の平均気温が過去最高になると予想しており,現実に世界の1月の平均気温は過去最高を記録した。今年2月に発表されたIPCC第4次評価報告書第1作業部会報告は,引き続き化石燃料に依存し,高い経済成長を目指す社会が続くならば,今世紀末には平均気温の上昇は4℃(2.4〜6.4℃)に達すると予想している。昨年10月に公表された,イギリス政府の報告書「気候変動の経済への影響(スターンレビュー)」は,今後数十年間の対策に失敗すれば,20世紀前半に人類が経験した大戦や経済恐慌に匹敵するような社会・経済的な損害を被る危険があり,その損害は世界の年間総生産(GDP)の5〜20%に相当す る可能性があるとする。一方,危険なレベルに至らないレベルに安定化するためのコストは1%程度としている。公害問題でも,水俣病,イタイイタイ病,大気汚染などの公害を未然に防ぐ費用と,被害が起こってしまってからの対策費用では,未然防止費用のほうがはるかに少なくてすむとの研究がある。
 気候変動問題は,人類の生存を脅かす地球規模の不可逆的な影響を及ぼす問題である一方,国によって原因の寄与と影響を受ける程度が大きく異なり,その予防や適応には巨額の対策費用がかかるうえ,その効果が短期では現れにくいという特質がある。そのことが対策費用の負担や配分の困難さを生み,国際交渉や対策を難しくしている。
 おそらく,2013年以降の削減目標と制度設計の交渉は,これまでの交渉よりはるかに困難なものとなるだろう。  しかし,アメリカの離脱を乗り越えて,議定書が発効・始動したことは,国際社会の健全性を示すものであり,こうした成果は,IPCCなどの科学が国際政治を動かしてきたこと,そして何よりも世界の市民・NGOが関心をもち,監視しつづけたことによる。情報に精通し,自立し,活動する市民・NGOが,気候変動問題に関心を持ち,「地球市民」の立場で行動することが問題解決の鍵である。