公害弁連第36回総会議案書
2007.3.21  東京
【2】 各地裁判のたたかいの報告(道路建設差止)
〔1〕 高尾山天狗裁判の現状について
高尾山天狗裁判弁護団 事務局長
弁護士  関島保雄

第1  圏央道工事差止訴訟(民事訴訟)の経過
1  圏央道工事差止請求訴訟(民事訴訟)のこれまでの進行
 2000年10月25日に 東京地裁八王子支部に国及び道路公団を相手に圏央道工事の差止請求訴訟を提訴した。原告総数人間1322名,自然物(高尾山・八王子城跡・ブナ・ムササビ・オオタカ)自然保護団体 7団体
2  自然物を原告とする裁判についての判決
 2001年3月26日裁判所は自然物には法的当事者能力がないとして訴えを却下し,控訴したが東京高等裁判所も2001年5月30日同じ理由で控訴を棄却し,上告せず確定。
3  現在の裁判の状況
 2000年10月に提訴して以来4人の証人と36人の原告尋問を行い2005年10月3日の原告本人尋問で事実上証拠調が終わり,2006年5月に再度の現場協議という形の現場検証を行い,7月に鷹取証人の尋問が終了し,2006年12月25日結審した。今年の3月頃に判決という見通しである。
 これまで証人は高尾山の自然環境については地生態学の立場から東京学芸大学教授小泉武栄,サウンドスケープ(音景観論)の立場から聖心女子大学教授鳥越けい子,景観について日本福祉大学教授片方信也,大気汚染・騒音被害の予測は環境総合研究所の鷹取さん,大気汚染調査の藤田敏夫,地質問題の坂巻幸雄,環境アセスの大和田一紘,歴史学者の小森などの学者(原告も含む)が証言した。
 裁判では圏央道による被害として,トンネル工事で地下水脈が破壊され高尾山の豊かな自然生態系が破壊されること,自然の景観が破壊されること,八王子城跡の文化財である井戸や滝及び高尾山の滝や沢水が涸れること等により,高尾山や八王子城跡を憩いの場や自然とふれあう場としている原告らの人格権,環境権,自然享有権,景観権を侵害し, 八王子市 裏高尾地域の住民は環境基準を超える大気汚染や騒音被害で人格権が侵害されることを根拠に工事の差し止め請求をしている。
 特に2005年春頃から八王子城跡トンネル工事が原因と考えられる文化財保護法で破壊が禁じられている御主殿の滝が滝涸れをするようになり,明らかにトンネル工事しか原因が考えられない状況が出てきている。高尾山トンネルを掘れば同様の地質構造であり,より脆い地質である高尾山では滝涸れなどの被害が出て自然環境を破壊する危険性が指摘されている。
第2  八王子城跡と裏高尾のジャンクション用地の事業認定・収用裁決取消請求訴訟について
1  1審判決
 2005年5月31日 東京地方裁  判所民事38部判決言渡し。
 判決は事業認定・収用裁決取消請求訴訟(2002年7月提訴)について裏高尾地域の大気汚染・騒音被害の発生の危険性は認めながらも環境基準(騒音に関しては道路に面する地域の環境基準を適用して)以下であること,原告らが依頼した環境総合研究所の調査に関しては科学性について信頼できないとし,地下水脈の低下の事実は有るが回復していることなどからその影響は大きくないとする一方,事業者の主張に追随して無批判に圏央道の公共性(都心の交通渋滞解消・多摩地域の交通渋滞解消・経済発展への寄与など)を認めて,原告らの請求を棄却する判決を言渡した。原告適格に関しては財産権を有しない原告適格を否定し請求を却下した。2004年4月22日,東京地方裁判所民事3部が同じ圏央道のあきる野地域の事業認定及び収用裁決取消請求訴訟において,圏央道は受忍限度を超える騒音被害や大気汚染の被害を発生する危険性が高く欠陥道路であるばかり公共性についても疑問であるとして事業認定が違法であるとして取消した判決と比較すると全く180度判断が異なる不当な判決であった。(圏央道あきる野事件はその後2006年2月23日控訴審判決が出て1審判決を取消して八王子地域の1審判決と同様の論理で原告住民の請求を棄却した)
 現在 東京高裁に控訴して,控訴審で審理している。控訴審では1審判決を覆そうと,大気汚染の予測調査をした環境総合研究所の鷹取氏と地下水問題の学者の坂巻幸雄,交通問題の専門家で圏央道は都心の渋滞解消に必要とする国の論理を否定する多田正証人の3人の証人尋問を終了し,現場検証と,地下水問題の調査をした京都大学名誉教授の奥西一夫氏の証人採用を求めているところである。
 いずれにしても年内に結審判決が予想される。
第3  現在の圏央道の開通状況及び工事の状況
 1996年3月,埼玉県鶴ヶ島ジャンクションから青梅インターチェンジまで19・8kmが開通し,2002年3月青梅インターチェンジから日の出インターチェンジまで8・7km開通し,2005年3月に日の出インターチェンジからあきる野インターチェンジ約2kmが開通し合計30・5kmが開通した。
 八王子城跡トンネル及び裏高尾ジャンクション工事の進行状況は1999年9月に八王子城跡トンネル工事着工し,トンネル区間2・4kmの内北側から約1kmの地点まで掘削した2001年10月頃に,42件の民家の井戸が涸れる事故が発生し,2002年1月末に地下水位が13メートル低下する事故が発生したため,トンネル掘削工事は一旦中止した。その後2002年11月に工事を再開したが止水工事(地盤凝固剤を打ってから掘削する)をしながらの工事を行い2006年6月にトンネルは貫通したが,現在トンネル内のコンクリート打ちなどの覆工工事中であるが,2005年5月頃から八王子城跡トンネルによる沢水涸れと御主殿の滝涸れが始まり,地下水位も35メートル低下したままである。
 このため原告らがトンネル工事の影響であることを認めるように国土交通省に迫っているが,原因不明で調査中と逃げている。このような地下水の異変を受けトンネル工事の完了は早くても今年6月までかかる状況である。  この間2004年7月に裏高尾の土地及び立木トラスト地が収用裁決されたため裏高尾のジャンクション工事は8割程度出来上がっている状況である。
第4  裁判での争点と立証
1  被害の発生
(1)  裏高尾の大気汚染被害の危険性
 環境アセスは裏高尾のような複雑地形では非科学的で使えないプルーム・パフモデルを使い,裏高尾で二酸化窒素は 年平均濃度0.018ppm 日平均0.033ppmで環境基準以下だから問題ないとするが,原告らが委託した環境総合研究所が複雑地形を考慮した3次元流体モデルで予測をした結果,二酸化窒素は年平均値が環境基準の0.03ppm以上の被害地域が広範に予測できた。
 環境アセスはSPMの予測もしていない。
(2)  裏高尾の騒音被害の危険性
 起業者の環境アセスは裏高尾地域に「道路に面する地域」の緩和された環境基準を適用して環境基準以下(夜間50ホン以下)の夜間49ホンであるから問題ないとした。しかし,裏高尾地域に「道路に面する地域」の環境基準を適用すべきではなく住宅地の環境基準夜間40ホンを適応すべきである。そうすると環境基準を超える騒音被害が予測できる。
 また環境総合研究所の予測では「道路に面する地域」の夜間の環境基準(Leq55dB)さえも超えるLeq55dBから60dBの騒音被害を受ける広範囲な原告住宅地が予測されている。これは住宅地の夜間の環境基準Leq45dBを大幅に超えるものである。
(3)  八王子城跡の地下水脈の破壊・八王子城跡・高尾山の自然環境の破壊,オオタカの営巣放棄,裏高尾・高尾山の景観の破壊・裏高尾住民の生活の破壊による人格権・環境権破壊
2  行政手続違反
(1)  環境影響評価手続の違法
 裏高尾地区の大気汚染の予測手法が誤り,地下水脈破壊に対する調査が不十分で再度環境評価をすべきにもかかわらず行わないことは違法である。
(2)  文化財保護法違反
 八王子城跡は文化財保護法の国史跡に指定されている。地下水低下や地下水脈破壊により御主殿の滝涸れ,城山川の沢涸れ,遺跡の破壊の危険性は文化財保護法違反。
(3)  種の保存法違反
 国内希少野生動植物に指定されているオオタカの営巣が八王子城跡で確認されたが工事を強行した結果,2002年春に営巣を放棄したのは種の保存法違反である。
(4)  自然公園法違反
 圏央道は明治の森・高尾国定公園及び都立高尾陣場自然公園内を通過する。
 豊かな自然環境や生態系を破壊し自然公園法などに違反する。
(5)  都市計画手続きにおいて住民の意見を無視した瑕疵が有り違法
(6)  収用裁決手続きにおいて住民の意見を無視した瑕疵があり違法
3  起業者の公共の利益に対する反論
(1)  首都圏全体の交通円滑化に役立たない
 圏央道は都心部の交通渋滞を解消できない。都心への1極集中を加速している現状を改善しない限り都心部の交通渋滞は解消されない。地域の交通の円滑化は既存の道路の改善で十分である。中央環状線,外郭環状が出来れば圏央道は迂回道路としての機能は小さく不要である。国側の資料を分析しても圏央道が全面開通しても都心の通過交通の内1日1万数千台程度しか利用せず都心の交通渋滞解消に役立たないことを明らかにした。
(2)  安全な道路交通環境の確保は根拠にならない。
 圏央道建設により地域の交通事故が減少するとの根拠はない。むしろ既存の道路の改善こそ重要。
(3)  地域間交流の拡大・産業活動の活性化に役立たない。
  圏央道計画に基づく多摩地域の大型開発計画はバブル崩壊後ことごとく崩壊し白紙となっている。地域には圏央道を造る必要性もなくなった。
(4)  沿道環境の保全に配慮していない。
 緑豊かな環境が圏央道によりことごとく破壊し環境保全に配慮していない。
 東京都の景観保護条例にある多摩丘陵地基本軸保護構想にも違反する。
4  圏央道は騒音・大気汚染の被害を発生させ,自然環境を破壊する不利益のほうが高い工事である。
第5  高尾山トンネル工事のための事業認定申請と新 たな事業認定差止訴訟・事業認定取消請求訴訟
1  事業認定差し止め請求訴訟の提起
 トンネル工事を阻止するため,自然保護団体は500名の市民を集めて圏央道用地を購入しトラストしている。さらに裏高尾には毎年反対集会をする会場を中心に立木トラストをして買収に応じないで圏央道工事を阻止している市民が多数いる。国土交通省及び日本道路公団は反対市民の土地や立ち木を強制的に取り上げようと土地収用の手続きを進め2005年7月22日には 八王子市 民会館で住民説明会を強行し,2005年9月28日高尾山トンネル工事のための八王子ジャンクションから八王子南インターチェンジと南バイパス道路の事業認定を国土交通大臣に申請した。
 これに対し,2005年11月1日約200名と7自然保護団体が原告となって東京地方裁判所に2005年4月施行の改正行政事件訴訟法により認められることとなった事前差し止め訴訟である事業認定差止請求訴訟を提起した。
2  2006年4月21日国土交通大臣は高尾山トンネルを掘るための事業認定を告示した。
 そこで2006年5月15日事業認定取消請求訴訟を東京地裁に提起し差し止め請求訴訟と併合した。
 その後差し止め請求は取り下げて現在は事業認定取消請求訴訟が審理されている。
 この審理は2007年から証拠調べの予定が入る状況である。
3  一方国土交通省は圏央道に反対するためのトラスト土地の地主(反対住民で共有している)に対し2006年12月5日東京都収用委員会へ高尾山トンネルとジャンクション及び八王子南インターチェンジの工事のための収用裁定申請をした。これに対し反対地権者らは東京都収用委員会に裁決申請を却下すべきという意見書を提出した。
 今後収用委員会の審理が始まるが,前回の経験でも早期に収用裁決を出そうとする収用委員会との困難な戦いが控えている。
第6  高尾山を圏央道から護れという新しい大きな運動の展開の状況について
 毎年7月に裏高尾で圏央道に反対する3000人集会を開いているが,この運動は2005年は特に大きく発展し,1400万円のカンパを集めて,著名人アピールに取り組み,4月26日と28日に,朝日,毎日,読売の東京版5段(一面の三分の一)に高尾山を守れという意見広告を出し多くの都民に訴えた。この意見広告には永六輔さん,山田洋二監督,秋山ちえ子さん,作曲家の池辺晋一郎さん,色川大吉さんら著名な文化人が多数賛同して名前をだした。この運動をきっかけに永六輔さんは高尾山を守れと積極的に運動に参加して5月19日には高尾山の前山の金比羅山で永六輔さんを囲んで集会をもち,7月16日には永六輔さんが八王子いちょうホールで約200名を集める集会を行った。永六輔さんはパーソナリテイを勤めるTBSラジオでも高尾山の運動を紹介し支援している。
 また,5月21日には立川の昭和記念公園で川辺川,有明,東京大気訴訟と連帯する「海,空,川」音楽フェステイバルを開催して連帯の運動を強める催しを行った。
 2006年は11月23日に新宿御苑で川辺川,有明,東京大気訴訟と連帯する「海,空,川」音楽フェステイバル」の第2回を開催した。
 2007年は6月に,立川市市民会館で盲目のピアニスト梯剛之さんの協力を受けて活動資金集めのためのコンサートが予定されている。