公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【2】 各地裁判のたたかいの報告(大気汚染)
〔5〕 東京大気汚染公害裁判・全面解決と今後のたたかい
東京大気汚染公害裁判弁護団
弁護士 原 希世巳

第1  全面解決に至るたたかい
1  たたかい取ったぜん息医療費救済制度
 2006年3月、原告団は早期全面解決を目指す方針を確立し、同年9月28日、高裁結審日における解決勧告を得て、世論は大きく高まった。同年11月28日、東京都は都内のぜん息患者の医療費自己負担分を全額助成するとの救済制度案を発表、被告の国、首都高、自動車メーカーらに財源の分担を求めた。
 これに対して2007年1月、被告メーカーらは東京都提案の救済制度の財源として33億円の拠出に応じることを表明、救済制度の実現に向けて大きく前進した。
ところが国・首都高はこの財源負担を当初より拒否し続けていた。この頑なな姿勢を変えるには首相官邸に直訴するしかないと裁判勝利実行委員会の清水鳩子委員長が官邸に連絡を取ったところ、首相秘書官が原告代表と会うこととなり、4月19日、原告団の代表2名が1時間近くにわたり被害の実情を訴え、救済財源の負担を訴えた。その後原告団は2回にわたり国会前座り込み行動を行い、5月30日、安倍首相はついに公害健康補償基金から60億円の拠出を決断した。その後首都高会社も5億円の財源負担に応じることを表明し、ぜん息医療費救済制度はいよいよ本決まりとなった。
 原告団は提訴から一貫して救済制度の創設が解決の絶対条件であるとして、東京都、国、メーカーらに対する運動を進めてきた。多くの支援者の力を結集してたたかい取った救済制度であった。

2  最後の決戦?トヨタ前無期限24時間座り込み
 こうしていよいよ最後の焦点は被告メーカーに対して公害被害発生についての謝罪と賠償金を迫るたたかいとなった。救済制度問題では積極的な役割を果たしていたトヨタは、この問題になると態度を豹変し、裁判所の提案があれば検討するとのきわめて消極的な態度に終始するようになった。
 原告団は1月23日の集中行動(ホップ)、2月1日のトヨタ総行動(ステップ)、そして1,000人規模の「あおぞら総行動」(ジャンプ)の大衆行動と併せて、2月1日?、3月1日?、4月9日?の3次にわたる連日座り込みなどの行動を重ねた。
 ところがトヨタは5月16日以降、原告側との一切の交渉を拒否し、6月初めには裁判所に対してメーカー全体で5億円という超低額回答を行った。これに対し原告団は6月5日から無期限の24時間トヨタ前座り込み行動に突入した。トヨタ本社の敷地内にテントを張り患者、支援者そして弁護団が連日泊まり込んだ。無期限座り込みは裁判所が和解案を提示した6月22日まで18日間休むことなく続けられたが、ついにトヨタは最後まで交渉拒否の姿勢を変えることはなく、原告団の怒りをかった。

3  全面和解へ
 6月22日、東京高裁は和解骨子の勧告を行なった。その中で裁判所は、
「本件訴訟は・・原告らが被告らに対して法的責任に基づく損害賠償金の支払いを求めるなどの形式を取ってはいるが、その提訴の意味は、上記のような大気汚染についての問題を広く国民一般に提起してその討議と解決を迫ったものとも理解できるのであり、・・本件訴訟の提起を、一人原告らの個人的な利益のためのみになされたものと矮小化すべきではなく、その社会的な意味を軽視すべきではない」との基本的な認識を示した上で、
「原告らが罹患した気管支ぜん息等の疾患は、人の生存にとって不可欠な呼吸機能を蝕むものであり、それが重篤化した場合には、職業に就いて収入を得ることはおろか、日常生活にも重大な支障を来すものであり、ついには死に至ることさえあり、本件訴訟の継続中に亡くなった患者も多数に及んでいる。加えて、公害健康被害の補償に関する法律に基づく認定を受けていない18歳以上の未認定患者は同法に基づく給付も受けることもできない状態にある。日々発作の不安にさいなまれる原告らの長年にわたる辛苦は、これを十分に察することができるものである。
 そして原告らが提起した本件訴訟には前記の通り社会的意味が少なからず存するのであり、原告らがその訴訟追行のため多大な精神的・身体的・経済的な負担を余儀なくされてきたことも否定できない」などとして、被告メーカー7社に対して解決金として12億円の支払いを勧告した。
 この「所見」は本件提訴の意義を正しくとらえ、患者、とりわけ未認定患者の被害を正面から受け止めてこれを救済する必要性を示した格調高いものであった。また自動車メーカーの責任を道路管理者らと同列に論じ、救済の範囲も全く限定することなく面的な救済を認めるものであった。12億円という勧告金額は原告らの深刻な被害を救済するものとしては十分なものではなかったが、一次訴訟における認容水準の3倍に達しており、メーカーらの法的責任を前提にしたものと評価できた。
 そして原告団は何よりも、今のこの瞬間も大勢の患者が医療費救済制度の創設を待ち望んでいるのであって、一刻も早い全面解決を実現することが自分たちの任務であるとしてこの裁判所の和解勧告を受諾することを決めた。
 こうして8月8日、裁判上の和解が成立し、11年に及ぶ裁判闘争は終結した。

第2  和解の到達点と今後のたたかい
1  公害被害者の救済
(1)  画期的なぜん息医療費救済制度
和解によって合意された医療費救済制度は、都内に1年以上居住するすべてのぜん息患者を対象に、保険診療の自己負担分を全額助成するものであり、原告ら患者の長年の悲願を叶えるものとなった。
 東経大の学者グループの調査では、発作を起こしても病院へ行かないで我慢する、或いは入院しても無理矢理退院させてもらうなどという医療抑制の経験があるぜん息患者は約3割に及び、比較的重症の人ほどその傾向が高いとされている。社会保障の削減、医療制度の改悪が続く今日の情勢の中で、ぜん息患者の医療を受ける権利を汚染者の責任で保障させるこの制度はまさしく画期的ということができる。
 本制度は昨年12月、条例が成立し、8月1日から施行、5月1日から申請受付が開始されることとなっている。
(2)  5年後の見直しを巡って
 本制度は5年後に「見直し」をするとされている。東京都は打ち切りを前提にするものではないとしているが、今回被告らが拠出する財源は5年分に限られている。
 「東京公害患者と家族の会」ではせっかく勝ち取った制度も運動がなくなれば打ち切りになる、としてすべての患者が認定の申請をすること、そして公害患者会に加入してもらい、制度の打ち切りを許さず、今回対象から除外された肺気腫や慢性気管支炎に適用を拡大していくこと、さらには首都圏にも拡大していくことを目指して活動を進めている。

2  公害対策と街づくり
(1)  ディーゼル規制の前進
 本訴訟は初めて国のディーゼル規制の懈怠の責任、自動車メーカーによる中小型トラックのディーゼル化推進の責任を正面から問うものであった。これを受けて提訴の3年後の1999年8月から東京都は「ディーゼル車NO作戦」を開始し、2001年7月には国に先駆けてディーゼル車の走行規制を開始した。2003年4月には国もNOx・PM法を施行した。
 新車に対する規制も、2002年新短期規制が1年前倒しで実施され、2005年には欧米並みの規制といわれる新長期規制が2年前倒しで実施された。2003年4月には低硫黄軽油の供給が21ヶ月前倒しで始まり、公害対策を加速した。  これにより都市部ではとりわけSPMを中心に汚染濃度は著しく改善してゆき、2005年以降は大和町をはじめとする都内の全測定局でSPMの環境基準を達成するに至った。
 このような公害対策の前進は本裁判の提起とこれを中心とした運動の前進がもたらしたものであることは明らかである(前記の高裁「所見」でも「最近の東京都内における大気汚染状況の改善は、そのような(原告らの)問題提起を受けて、自動車メーカー、国、道路管理者、そして国民一般がそれぞれその社会的責任を自覚して改善に努力してきた中で実現してきたものとも考えられる」と評価している)。
(2)  PM2.5の環境基準設定問題
 以上のような状況をふまえて、今日における公害対策の焦点は微小粒子(PM2.5)対策がますます大きくクローズアップされた。
 米国では1997年にPM2.5の環境基準が設定され、2006年に基準の改定(強化)が提案されている。またEUでもWHOの勧告に基づいて環境基準の設定が検討されている。
 これまでの大気裁判の和解交渉でもこの点は繰り返し問題とされたが、尼崎では「調査解析手法の追加・拡充の検討を行う」(2000.12)、名古屋では「健康影響調査を実施する」(2001.8)と約束したのみであった。これに対して今回環境省は「H19年度中の検討会とりまとめを踏まえて、環境基準の設定も含めて対応について検討する」と初めて環境基準の設定を視野に入れて検討することを約束した。
 現在微小粒子状物質健康影響評価検討会が行われ、2008年3月に結論が発表される予定である。まさに環境基準の設定問題については正念場を迎えることとなる。弁護団としても全国と連携して運動を強めたい。
(3)  道路公害対策の前進
 和解協議の過程では、国交省・東京都は「三環状等道路ネットワーク整備」が東京の道路公害対策の最大の柱であるとして、これを条項に入れることに拘泥したが、我々としては環境対策としての意義を認めることはできないとしてこれを削らせることができた。
 和解条項では沿道対策として以下のような事項を約束させた。
① 大型貨物車の都心部乗り入れ規制の拡大(現在環7内側などで土曜22時から日曜7時まで通行禁止)を検討する(警視庁)。
② 地下高速道路(中央環状品川線)に脱硝装置の設置を検討する(首都高)。
③ 道路緑化の推進(5カ所について具体的に約束)(国・首都高)。
④ 想定される「激甚交差点」(中環審がH22に環境基準非達成と予測)に効果的対策を検討する(国交省・東京都)。
⑤ 自転車道の整備を推進(国交省)
⑥ 公共交通機関への転換、モーダルシフト、ロードプライシング、交通需要マネジメントなどの自動車交通総量の削減対策について今後の一層の推進、検討など(東京都・国交省)。
 これらの対策の内、とりわけ大型貨物車の走行規制の拡大は総量削減対策としても有効であり、重視している。ナンバープレート規制等と組み合わせて規制の拡大を求めてゆきたい。
(4)  「連絡会」の設置
 以上のような和解条項の誠実な履行を実現していくため「東京地域の道路交通環境改善に関する連絡会」、および「東京都医療費助成制度に関する連絡会」の設置が取り決められた。これにより履行状況を巡って公開で協議する場が確保された。

3  今後のたたかう体制
 以上のように今後の課題はきわめて大きなものがある。原告団は今後も和解条項の完全な履行を求めて活動を継続していくことを決めている。また被害者救済制度の維持、拡充については主として公害患者会が運動を担っていくことになる。このような今後の活動のために、原告団は12億円の解決金の内、4億円を「将来資金」として残している。
 また「裁判勝利を目指す実行委員会」は役割を果たしたものとして、改めて和解条項の完全履行を実現し、東京の大気汚染をなくすための新たな連絡会を作っていく準備が進められている。
 弁護団としてもこれらのたたかいをともに進めながら、今後は認定等級問題などにも積極的に関わっていく体制を作っている。


(補)生活保護問題
 原告団には相当数の生活保護受給者がいる。彼らが配分を受けた解決金が収入認定された場合、保護費の支給停止などの不利益を被ることとなる。このような事態を防ぐため、弁護団は厚生労働省と交渉し、『東京大気汚染公害訴訟の和解に伴う収入の認定等について」として、次のような社会援護局保護課長の通知が出された。
「解決金は・・・に基づき、『自立更生のために当てられる額』は、収入として認定しないこと」
 さらに東京都とも交渉し、「特に東京大気裁判に関してこのような通知が出された趣旨を配慮して現場で対応する」、「解決金で生活に必要な物品を購入する場合、事前に『自立更生計画』を提出すれば、基本的に収入認定はしない」などの回答を得た。
 そこで生活保護受給者に対しては、弁護団が個別に対象者の生活状況を聞き取り、「自立更生計画」を作成して、「生活と健康を守る会」の協力も得て各福祉事務所と折衝に当たっている。その結果今のところ収入認定されたようなケースは見られていない。
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