公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【2】 各地裁判のたたかいの報告(基地騒音)
〔2〕 新嘉手納基地爆音訴訟 報告
弁護士 吉岡孝太郎

 W値85未満の原告の損害賠償請求を棄却するという那覇地方裁判所沖縄支部の不当判決に対し、福岡高裁那覇支部に控訴してから、もうすぐ3年が経つ。3者間の進行協議の結果、控訴審の結審は本年9月ころと見込まれている。いよいよこれからラストスパートに入る。時間的に大変厳しいスケジュールであるが、我々弁護団・原告団の努力が、必ずや控訴審での判決で実を結ぶことを信じている。
 以下に、この1年の新嘉手納基地爆音訴訟の弁度団活動と今後の審理予定等についてご報告する。

1  主張書面の作成
 国は、騒音データを提出して、爆音発生回数やそのレベルが以前よりも低下していると主張していた。そのため、我々は、爆音被害は減少しておらず、国の騒音データ採取方法の不当性と結果が過小評価されていることを明らかにする書面を提出した。

2  学者証人尋問
 主張整理が一通り終了したので、直ちに学者証人尋問の準備に入った。その主眼は、聴力損失、聴力損失以外の健康被害(睡眠妨害、生活妨害等を含む)、騒音曝露についての原判決と国の主張の誤りを控訴審裁判所に理解してもらうことである。我々は、証人となる先生方と何度も打ち合わせを行い、万全の準備のもと、主尋問に臨んだ。
(1)  聴力損失について
 沖縄県調査により、嘉手納基地の航空機騒音に起因する騒音性聴力損失者が12例検出され、嘉手納基地の航空機騒音と周辺住民の聴力損失との因果関係が明らかにされた。さらに12例のうち4例については、本訴訟第1審において原告本人尋問を受け、因果関係がより明瞭に立証されたはずであった。しかし、第1審判決は個々人ごとの騒音の曝露量が不明瞭である等の理由により、因果関係を否定した。
 かかる原審の判断の誤りを是正すべく、疫学の専門家であり、これまでも熊本水俣病訴訟等、多くの公害裁判において証人としてご証言されてきた津田敏秀岡山大学大学院教授を証人として尋問した。
 津田証言により、騒音レベルが高くなるほど、さらに居住年数が長くなるほど難聴者の割合(オッズ比)が高くなる傾向が明らかにされた。その上で、航空機騒音以外の要因(他要因)が結果に影響したか否かを尋問し、他要因は本件において結果を過大評価することには繋がらず、むしろ過小評価する方向に繋がっていることが明らかにされた。
 この津田証言により、沖縄県調査の結論が補強され、嘉手納基地の航空機騒音と基地周辺住民の聴力損失との間の因果関係は、より精緻に立証されたと確信している。
(2)  聴力損失以外の健康被害、騒音曝露について
 騒音曝露と健康被害の面における原判決と国の主張の論理は、要するにW値75、80の地域はそれほどひどくない、というきわめて乱暴なものあった。それゆえ、控訴審では、W75、80の地域から既に深刻な被害が発生している、と言うことを裁判所に理解させることが重要な課題であった。
 この点を明らかにすべく、平松幸三京都大学大学院教授を1審に続いて再び証人として尋問した。
 平松証言により、「県調査が行われた平成9年以降、騒音が軽減あるいは減少傾向にある」という原判決・国の論拠が薄弱であり、嘉手納基地周辺の爆音状況が他の空港周辺の状況と比較して酷い状況におかれていることを明らかにされた。特に嘉手納基地周辺での諸々の健康被害は睡眠妨害を経由して発生すること、睡眠妨害が原因で虚血性心疾患となり死に至る危険があり、しかもその危険性は、他の死亡原因と比較してもかなり高いという最新の研究報告があることが明らかにされたことは興味深い。
 また、国は「防衛施設庁方式は住民側に安全域を広げるために補正を行ったもの」であり「現実の騒音は環境省方式で算出したW値」であると主張していることについて、平松証人は、嘉手納基地周辺の航空機騒音の状況が環境基準に適合しているか否かを判断するためには、防衛施設庁方式で算出したW値で判断すべきあり、国が裁判で提出しているデータ及びW値は、現実の騒音状態を反映し、かつ正式な防衛施設庁方式によって算出されたW値よりも、過少評価された値である可能性があることを明らかにした。
 一連の平松証言により、騒音曝露と健康被害の面における原判決と国の主張の正当性が否定されたものと確信する次第である。

3  本人尋問の実施と進行協議等
(1)  本年1月から7月にかけて原告本人尋問が実施される。原告本人尋問の実施場所について、我々は、裁判所に現地の状況を正確に把握してもらった上で判決を起案してもらうべく、現地の公民館において原告本人尋問を実施するように強く求めた。1審の地裁と異なり、高裁は原告らの住所地からかなり離れていて、裁判官も爆音の状況を全く知らないおそれがあったためである。裁判所は現地の公民館での証人尋問の実施については難色を示しつつも、曝露地域の状況を実際に見分する意義について強い理解と関心を示した。
 そこで、進行協議期日という名目であるが、裁判官が実際に曝露地域を見分する期日が2期日設けられた。この2期日の間に、裁判官にW値95の激甚地区からW値75地域まで異なる各コンターの地区内の原告宅等を回ってもらい、その際に、原告による指示説明等を予定している。
 これにより、裁判官が実際に現地に赴いて現地の状況をイメージして判決を起案することが可能になり、さらに、体調等の問題から遠方の那覇の高裁まで赴いて証言できない原告も、裁判官に声でその思いを伝えることが可能になる。
 原告宅における進行協議期日の実施を獲得できたことは、大変意義のある成果だと認識している。
(2)  学者尋問の反対尋問も実施されるため、その対策会議を複数回実施した。

4  最終準備書面の作成
 本人尋問が終了するのが本年7月、結審は本年9月ころの見込みである。最終準備書面作成期間が2ヶ月ほどしかなく、大変ハードであるが、弁護団の力を結集させて書き上げたいと思っている。

5  承継手続き等
控訴審の結審を見据えて、原告の訴訟承継手続きと住居地確定手続きを急ピッチで行っている。新嘉手納基地訴訟は原告の数が厖大であり、また戸籍関係等の書類が沖縄戦で消失しているものも多数ある。そのため、これらの手続きを進めるには大変な手間と労力を要するが、我々は、控訴審での完全勝訴を確信して、日夜奮闘している。

6  対米訴訟
 我々は、アメリカ合衆国政府を被告として、早期夜間飛行と55ホン以上を超える騒音の差止めを求めるべく訴訟提起したが、被告に訴状が送達されないまま訴え却下となった。現状は、日本国政府相手に差止め訴訟を提起しても、第三者行為論で請求棄却となり、アメリカ合衆国政府を相手にすると主権免除により訴え却下となっている。かかる不合理な現状を打破すべく、国際法学者との勉強会などを重ね、補充書面の提出を準備・検討中である。
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