公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【2】 各地裁判のたたかいの報告(ダム・干拓問題)
〔3〕 よみがえれ!有明訴訟
よみがえれ!有明海訴訟弁護団
弁護士 後藤富和

1  有明海は今
 1997年4月の諫早湾干拓潮受堤防締め切り(ギロチン)から10年以上が経過し、その間、諫早湾内はもとより有明海全域で起こった「有明異変」と呼ばれる環境の激変により、かつての「宝の海」は「死の海」に変わり果ててしまった。魚介類が激減しただけでなく、ノリの養殖も大打撃を受け、有明海沿岸では、漁民の廃業や自殺が相次いでいる。
 それにもかかわらず、2007年11月、農水省と長崎県は、干拓事業が終了したとして完工式を挙行した。有明海異変を放置したまま工事が終了したと主張する農水省と長崎県の態度に有明海沿岸漁民の怒りは収まらず、完工式当日、有明海沿岸4県から漁船で集まった漁業者達は諫早湾北部排水門付近の海上に大きく「有明海SOS」の文字を描き抗議のシュプレヒコールを挙げた。
 現在、締め切ったままの調整池の水質は悪化の一途を辿り、毒性の強いアオコが異常発生したことで、排水門近傍場の貝類の養殖に壊滅的な打撃を与え続けている。さらに、調整池のアオコの異常発生及び水質の悪化により農業用水には適さないにも関わらず、長崎県は2008年4月からの営農を開始しようとしている。

2  佐賀地裁の本訴・仮処分
 2002年11月、有明海沿岸の漁民が中心となり、諫早湾干拓工事の差止を求める「よみがえれ!有明訴訟」を佐賀地方裁判所に提起した。
 2004年8月、佐賀地裁は、漁民たちの訴えに真摯に耳を傾け、諫早湾干拓工事と有明海異変の因果関係を認め、干拓工事を差止めの仮処分決定を出した。しかし、2005年5月、福岡高裁がこの決定を覆し、最高裁も漁民側の許可抗告を棄却して福岡高裁を追認した。
 福岡高裁の因果関係の判断は「本件事業と有明海の漁業環境の変化、特に、赤潮や貧酸素水塊の発生、底質の泥化などという漁業環境の悪化との関連性は、これを否定できない」などと述べながら、他方で「現在のところ、本件事業と有明海の漁業環境の悪化との関連性については、これを否定できないという意味において定性的には一応認められるが、その割合ないしは程度という定量的関連性については、これを認めるに足りる資料が未だないといわざるを得ない」とするものである。
 民事訴訟における因果関係の立証においては、一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、通常人を基準として疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ちうるか否かという意味での高度の蓋然性があるか否かを問題とすれば足りるとされている。
 福岡高裁の決定が、この民事訴訟における因果関係の捉え方から逸脱していることは明らかである。そもそも、有明海異変という、潮汐、潮流、成層化、貧酸素、水質、底質、赤潮の発生、海洋構造、生態系など、海洋物理、海洋化学、生物などの学際的な知見が必要とされ、それぞれの環境要因が複雑にからみあい、しかも、それらをめぐるデータの集積すら不十分な分野で、影響の割合、程度といった定量的関連性を求めるのは、まさに「一点の疑義も許さない自然科学的証明」という不可能を漁民側に強いることに他ならないものである。
 また、自らが設置したノリ第3者委員会が提言した中・長期開門調査をサボタージュしてデータの集積と科学的知見の前進を阻んでいるのは、他ならぬ事業者である農水省である。福岡高裁の決定は、サボタージュしたものが勝ちと言わんばかりである。
 福岡高裁の決定のような自然科学的に厳格な証明を要求するならば、環境訴訟において、被害者側は常に不可能を強いられることとなってしまう。
 この一連の不当決定に対して、有明海沿岸では、漁民たちの怒りが爆発し、漁民原告の数は僅か半年の間に、それまでの3倍に膨れ上がった。
 佐賀地裁では、昨年、漁民原告、市民原告の尋問が行い、諫早干拓が、漁業被害のみならず、有明の地域の経済や風土そのものを破壊していることが明らかとなった。
 2008年1月25日、佐賀地裁の本訴、仮処分は結審し、2008年6月27日に判決を迎える。

3  公金支出差止住民訴訟
 2008年1月28日、長崎地裁は、財団法人長崎県農業振興公社が諫早湾干拓農地の一括配分を受け、これを農業者にリースする干拓農地リース事業に対し、被告長崎県は公金を支出してはならないとして、原告ら長崎県民が提起した公金支出差し止め住民訴訟において、原告ら長崎県民の訴えをしりぞける判決を言い渡した。
 問題となった干拓農地リース事業は、干拓工事が完了したものの、営農をする農業者が集まらないことによって、その指摘の正しさが裏付けられることをおそれた農水省と長崎県が、なんとか強引に農業者を集めようとして考え出した苦肉の策であり、この公金支出の本質(カラクリ)に鉄槌を撃つことを躊躇したこの判決は、不当であると言わざるを得ない。
 しかしながら、この不当判決においても、本件公金支出は、「実施要綱の要求を満たすような使用処分計画を作成できるのかという疑問が生じる。」とし、営農成立が確実に見込まれるか否かについて、「被告の主張は自己に有利な事情を誇張し、自己に不利な事情を軽視しているといわざるを得ず、経営収支総括表のとおり、営農が成立することが確実に見込まれるといえるかには相応の疑問が残るといわざるを得ない。」「これまでの干拓農地の実績やこれに対する行政監察の結果等に鑑みれば、本件干拓農地における営農が被告および国の現在の想定どおりに実現するとの見込みを信用することができない。」と指摘せざるをえなかった。
 弁護団は、即日控訴し、本件訴訟は、今後、福岡高裁において審理されることとなった。

4  開門へ
 本年4月からは、干拓農地全域において営農開始が予定されている。
 しかし、営農を開始するとしても、調整池に代わる農業用水の代替水源が他に存在し、また国が強調する防災効果も、開門方法の工夫によって潮受堤防排水門の開放とは矛盾しないことが明らかになっている。逆に、アオコの大量発生や、いつまでも保全目標を達しえない水質のため、調整池は、農業用水として適さないばかりか、今後とも莫大な公金浪費の対象とならざるをえない。開門を否定する根拠は、いまや、どこにもない。
 国会においては公共事業チェックの会や、民主党の有明海議連の議員によって、調整池問題、排水門の開門について厳しい追及が続いている。
 われわれ漁民、市民と弁護団は、佐賀地裁の判決を待つまでもなく、潮受堤防排水門を開放させるべく全力で取り組んでいく決意である。
(このページの先頭に戻る)