公害弁連第37回総会議案書
2008.3.23  諫早
【3】 特別報告
加速する地球温暖化と議定書交渉
弁護士 早川光俊

 2006年12月と07年1月の世界の月平均気温は、統計を開始した1891年以降で最も高く、日本においても06年12月〜07年2月の東日本と西日本の地域平均気温は、統計のある1946/47年の冬以降で最も高かったとされる。また、07年夏も記録的な猛暑で、74年ぶりに日本の最高気温が更新され、全国101ヶ所でその地の最高気温を更新した。
 こうした暖冬や猛暑に加えて、アル・ゴア元米国副大統領の映画「不都合な真実」、06年10月に英国政府が発表した「気候変動の経済学」(スターンレビュー)、07年2月から相次いで発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書などにより、地球温暖化問題に関する関心が急速に高まった。
 IPCCの第4次評価報告書は、地球温暖化が加速していることを明らかにし、早急な対応が焦眉の課題であることを明らかにし、スターンレビューは強固で早期な対策によりもたらされる便益は、対策を講じなかった場合の被害額を大きく上回ることを明らかにした。
08年1月1日からいよいよ京都議定書の第一約束期間が始った。ところが日本と同じ6%削減義務を負っているカナダは早々と目標達成をギブアップしてしまい、日本も削減目標の達成の目処はたっていない。06年11月から京都議定書目標達成計画の「見直し」が行われていたが、産業界の自主行動計画の抜本的見直しも、新たな追加的な対策の導入もすべて先送りされた。
 一方、07年12月にバリで開催されたCOP13、COPMOP3では13年以降の削減目標と枠組みの議論が始まっている。

科学者の警告
〜IPCC第4次評価報告書が明らかにしたこと

 2007年2月から相次いで公表されたIPCCの第4次評価報告書は、世界平均気温、大気中の二酸化炭素濃度、海面水位のいずれにも、すでに顕著な地球温暖化の影響が現れていることから、地球が温暖化していることは疑う余地がないとし、その原因についても、それが人間が起こした人為的なものであることを90%以上の確信度で断定した。また、世界平均気温、大気中のCO2濃度、海面水位のいずれについても、近年、その上昇が加速していることを明らかにした。
 温暖化の影響については、01年の第3次評価報告書では、地域ごとに影響が部分的に出始めているとの報告に止まっていたが、今回の第2作業部会報告は、「雪・氷・永久凍土、水文、沿岸などの物理環境についての765観測のうち94%が、陸生・海洋・淡水生態系などの生物環境についての28,671観測のうち90%において温暖化の影響が有意に現れている」と、地球の自然環境(全大陸とほとんどの海洋)に温暖化の影響が顕在化していることを明らかにした。
 また、今後の平均気温については、6つの社会エネルギーシナリオで分析し、最大で6.4℃、最低でも1.1℃の平均気温の上昇を予測した。現在のような化石燃料に頼ったエネルギー構造を続けるなら限りなく6.4℃に近づくことになる。最低でも1.1℃の昇温の予測は、どのような対策をとっても1℃以上の昇温が避けられないことを意味している。地球上の生態系が適応できる気温変化は100年で1℃くらいとされていることからすれば、地球温暖化問題は待った無しの課題と言ってよい。
 さらに、IPCCは今後の影響については以下のように予測している。
 こうした影響予測は地球全体での予測であり、自然環境的にも、社会経済的にも脆弱な途上国では、こうした影響をはるかに早く、より深刻に受けることになる。

目途のたたない6%削減

 京都議定書の発効を受けて、日本政府は2005年に京都議定書目標達成計画(以下、達成計画)を策定した。しかし、06年の温室効果ガス(GHG)排出量(速報値)が基準年比で6.4%増加し、京都議定書の「6%削減」を達成することは絶望的となっている。こうした状況の中で、政府は06年11月から1年がかりで達成計画の「見直し」を行い、07年12月に「京都議定書目標達成計画の評価・見直しに関する最終報告(案)」(以下、最終報告)を発表した。しかし、この「見直し」でも6%削減の目処はまったくたっていない。
 最終報告は、現在の対策では京都議定書の6%削減が困難なことを認めながら、国内排出量取引、環境税や自然エネルギーの買取補償制度などの追加的な対策を、すべて先送りしている。日本経団連などの産業界の、これらの政策が実施されると、エネルギー多消費型産業(鉄鋼、セメント、紙・パルプ、化学、電力)が経済的な負担を強いられるとの導入反対の圧力に屈したのである。直接排出量で90%を占める産業関連の排出量についても、自主行動計画まかせで、これの協定化や抜本的強化は「検討課題」にもなっていない。
 また様々な対策・施策を羅列し、各対策・施策の追加的排出削減効果見込みは書かれているものの、「追加的対策同士の重複や既存対策との重複がありえる」として、「見直し」の結果、総量でどのくらい削減できるかが明らかにできなかった。すでに京都議定書の第1約束期間が始まっているのに、このような6%削減を保証できない報告は「見直し」に値しない。
 また、温室効果ガスの削減のためには、温暖化対策に逆行する政策を総点検することが必要であり、とりわけ無駄な公共事業の見直しが必要である。また、そのためには戦略的環境アセスメント制度を導入し、温暖化防止の観点からが政策や事業を評価することが不可欠であるが、今回の「見直し」にはこうした観点が欠如している。  日本政府は、6%削減が困難なことを見越して、ロシアやハンガリーなどが経済の破綻によりもっている余剰削減枠(ホットエアー)の購入の交渉を始めた。国内で削減できない分を、こうした余剰削減枠(ホットエアー)の購入により数字合わせをしようというのである。京都議定書が合意されたCOP3の議長国である日本が、国内対策で京都議定書の削減義務を達成できず、余剰削減枠(ホットエアー)の購入により数字合わせをするのはいかにも情けない。

京都、モントリオールそしてバリ

 京都議定書は、2008年から12年までの先進国の排出削減目標を法的な義務としているが、13年以降の削減目標については何も決めておらず、京都議定書3条9項は、第1約束期間の終了する2012年の7年前の05年から、13年以降の議論を開始することを求めている。
 05年11月にカナダ・モントリオールで開催されたCOPMOP1では、京都議定書の運用ルールであるマラケシュ合意を採択するとともに、13年以降の枠組みの議論に関する行動計画(モントリオール・アクションプラン:MAP)に合意した。
 モントリオール・アクションプランでは、次の3つのプロセスで13年以降の削減目標と制度枠組みについて議論していくことになった。
① 特別作業グループ(AWG):京都議定書3条9項に基づく先進国の更なる約束
② ダイヤログ:気候変動に対処するための長期的協力の行動に関する対話
③ 京都議定書9条に基づく、議定書のレビュー(見直し)
 今回のバリ会議の最重要課題は、こうしたプロセスを今後どう進めていくか、いつまでに交渉を終了するかを決め、13年以降の削減目標と制度枠組みについての交渉の具体的な道筋をつけることであった。また、07年2月から相次いで公表されたIPCC第4次評価報告書の科学的知見を、世界の政策決定者がどう受け止め、13年以降の交渉にどう活かすかが問われていた。

2013年以降の削減義務と制度枠組みを考える視点

 2013年以降の削減義務と制度枠組みを考える上で、まずしなければならないのは、人間を含む地球の生態系がどこまでの平均気温の上昇に適応できるのか、そのためには、いつまでに、どの程度の削減が必要なのか、について検討することである。この中長期の削減必要量については、IPCC第4次報告書は、産業革命からの平均気温の上昇を2.0〜2.4℃に抑えるためには、大気中のCO2濃度を350〜400ppmとし、世界全体の温室効果ガス排出量を15年までにピークから減少に転じさせ、21世紀の半ばまでに2000年レベルの半分以下(50〜85%)に削減する必要があるとしている(IPCC第3作業部会報告)。先進国は20年までに90年レベルから25〜40%削減する必要がある(IPCC第3作業部会報告)としている。
 また、2013年以降の削減義務と制度枠組みの交渉を進めるためには、地球温暖化の原因者である先進国が、京都議定書の基本的構造である法的拘束力のある国別総量削減目標を引き継ぐことを明確にし、次期削減目標について現在の京都議定書の削減目標より高い目標に制度に合意する必要がある。まず、歴史的に温暖化に責任のある先進国が率先して対策を進めなければ、途上国に参加や対策を促すことなどできない。アメリカが主張する、法的拘束力のない制度や削減どころか抑制目標では、地球温暖化を防止できないことも明らかである。
 今の京都議定書に参加する先進国の合計排出量は世界全体の排出量に比べ3割程度しかなく、地球温暖化を防止するためには最大の排出国であるアメリカを議定書交渉に復帰させることや、今や世界最大の排出国になろうとしている中国、日本を抜いて世界第4位の排出国になったインドなどが対策をとることが必要である。しかし、歴史的排出量や一人当たり排出量の少ない中国やインドなどに、日本などの先進国と同じ法的拘束力のある国別総量削減目標を今すぐ持てというのも、条約や議定書の基本原則である「共通だが差異ある責任」に反するだけでなく、現実的ではない。

難航したバリ会議の交渉

 2013年以降の枠組みについての交渉期限については、07年6月のドイツのハイリゲンダムG8サミットや07年10月にインドネシアのボゴールで開催された閣僚級の準備会合などで、09年末までとすることがほぼ合意されており、大きな争点にはならなかった。
最大の争点は、IPCC第4次報告書の2010-15年ピークアウトや中長期の削減数値を決定文書に記述するかどうか、また、条約のもとでの「対話」をどう進めるか、具体的にはアメリカや途上国の参加についての道筋をつけられるかであった。
 IPCC第4次報告書の10-15年ピークや中長期の削減数値については、日本やカナダがこれを決定文書に記述することに強硬に反対し、またアメリカや主要な途上国の参加については、アメリカや中国、インドなどがこれを拒否する強硬な態度を崩さなかったため、協議は難航した。会議最終盤の12月14日深夜には、「対話」についての非公式会合で、アメリカが京都議定書を根本から覆すような提案をし、日本がこの提案を検討すべきだと暗に賛意を示すという事態も起こった。
 予定された会期を過ぎた12月15日朝に再開された全体会議でも対立が続き、会議は何回も中断され、一次は決裂を覚悟しなければならないような状況になった。潘基文国連事務総長やユドヨノ・インドネシア大統領が登壇して、会議に参加している各国代表団に直接歩み寄りを呼びかけ、12月15日午後6時にようやく合意が成立した。

合意された内容

 合意された、条約のもとでの「対話」の決定(バリ・アクションプラン)には、10-15年ピークや2050年半減目標、先進国の2020年目標などの具体的な数値は、アメリカ、日本、カナダなどが反対したため記述されなかった。
 しかし、前文に「IPCC第4次報告書に、地球規模の排出量の大幅な削減が必要なこと、気候変動への対処が緊急であることが強調されていることを認識する」との記載がなされ、脚注に10-15年ピークや中長期に削減数値の記載されている、IPCC第4次報告書の該当頁が記載された。また、協議については、新たに条約のもとに特別作業グループ(AWG)を設置することになり、このAWGでアメリカと主要な途上国の行動について協議することになった。こうしたアメリカと途上国の参加についての道筋をつけられたことは、今回のバリ会議の大きな成果のひとつである。COPMOP1でのダイアログについての決定に、「このプロセスが、新しい削減目標などの約束に繋がるものではない」との条件が付いていたことを考えれば、その意義は明らかである。
 一方、京都議定書のもとで先進国の次期削減目標を議論する特別作業グループ(AWG)についての決定には、10-15年ピークや2050年半減目標、先進国の2020年目標などの具体的な数値が記載された。条約のもとでの「対話」の決定にこうした中長期の削減数値が記載されなかったことから、京都議定書のもとでの決定からもこうした数値が落とされることを心配したが、12月15日午後に開催されたAWGの会議で、カナダとロシアがこうした数値を記述することに反対したものの、EUや途上国から記述を支持する意見が相次ぎ、結局、カナダやロシアが譲歩して、こうした数値が記述されることになった。日本は発言せず、反対の意思も示さなかった。京都議定書のもとでのAWGについての決定に、10-15年ピークアウトや2050年半減、先進国の2020年削減数値などの具体的な数値が記述されたことも大きな成果である。何の目標もなく削減目標について交渉するのと、こうした具体的な中長期の削減数値がIPCCが示唆していることを前提にしながら議論するのとでは、大きな違いがある。

後ろ向きの日本に厳しい批判

 日本政府は一貫して後ろ向きの態度をとりつづけ、厳しい批判を浴びた。その象徴が、会議2日目に「化石賞」の1位から3位を独占したことである。
 化石賞の授与は1999年のCOP5から行われているが、これまで1位から3位を独占した国は、アメリカとサウジアラビアだけである。日本は、今回のバリの会議中に何回も化石賞を受賞した。

ポツナム、そしてコペンハーゲンに向けて

 2008年のCOP14/COPMOP4はポーランドのポツナム、そして次期の削減目標と制度枠組みに合意をする2009年のCOP15/COPMOP5は、デンマークのコペンハーゲンで開催される。
 コペンハーゲンに向けた交渉は、これまで以上に困難な道のりになると思われる。しかし、この2年の交渉が人類の未来を決めかねない。IPCC第4次報告書が明らかにしたように、気候変動は加速しており、一刻の猶予も許されないことを認識しなければならない。
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